米大統領選と世界の金融規制改革

藤沢 数希

本日、コロラド州デンバーで民主党のオバマ大統領と共和党のミット・ロムニー大統領候補の第1回討論会が行われる。日本時間では4日の午前10時からとなる。金融業界も、米大統領選には当然だが大変注目している。オバマとロムニーでは、金融規制改革法に対する姿勢が全く違うからだ。


オバマ大統領が勝つことになれば、投資銀行による自己勘定取引やファンド投資を禁止するボルカー・ルールがより厳密に適応される見通しで、大手金融機関は戦々恐々としている。ボルカー・ルールは2010年に成立した米国金融規制改革法(通称ドット・フランク法)に基づくものである。ドット・フランク法は過剰なリスクテイクで金融危機を引き起こした金融機関の業務を制限し、金融機関が大きすぎてつぶせない状況を回避しようとするものだが、細かい内容に関しては関係当局の定めるルールに委ねられており、そのルール策定作業は遅れに遅れており、未だにほとんど具体的には何も決まっていないのが現状である。そして、ロムニーはドット・フランク法そのものの廃止を訴えているのだ。

当然だが、大手投資銀行はロムニーを支持している。アメリカでは企業献金は認められていないが、個人献金が可能である。一定額以上の献金では、所属組織などを開示しないといけないルールになっている。献金者の所属組織の上位リストを見ると、オバマとロムニーの違いは一目瞭然である。

オバマ大統領の献金リスト
1.カリフォルニア大学:70万ドル
2.マイクロソフト:54万ドル
3.グーグル:53万ドル
4.ハーバード大学:43万ドル
5.アメリカ政府:40万ドル

ロムニー大統領候補の献金リスト
1.ゴールドマン・サックス:89万ドル
2.バンク・オブ・アメリカ:67万ドル
3.JPモルガン:66万ドル
4.モルガン・スタンレー:65万ドル
5.クレディ・スイス:55万ドル

Source: http://www.opensecrets.org/pres12/contriball.php

ボルカー・ルールがもし厳密に解釈されることになると、トレーディングからの収益に依存する投資銀行のビジネス・モデルが根底から覆ることになるだろう。よって、大手投資銀行が必死にロビー活動をして、骨抜きにしようとしているのだが、どういう結末になるのだろうか。

また、イギリスではジョン・ビッカーズ氏率いる英銀行独立委員会の勧告を受け入れ、英国の銀行に対し投資銀行業務と個人向け金融業務の分離を義務付けようとしている。通称ビッカーズ改革である。しかし、こちらも大手金融機関のロビー活動や、実務的な難しさもあり、遅々として進んでいなかった。

そこで、最後はユーロ圏だったのだが、ついにEUの委員会も銀行分割を目指すことを発表した。しかし、ユーロ圏はドイツのドイチェ・バンクや、フランスのBNPパリバなど、伝統的に同じ金融機関が、銀行、証券、保険、資産運用など全てを行うユニバーサル・バンクが発達しており、こういった銀行分割案がすんなりとまとまるかどうかは疑わしい。

拙著『外資系金融の終わり』にも詳しく書いたが、大きすぎてつぶせいない巨大銀行を、機能分離し、さらにその資産規模なども制限する、というアイデアはなんら珍しいものではなく、経済学の教科書通りのオーソドックスなものだ。正論なのである。しかし、一方でそれは理想論であり、さまざまな既得権益がうごめく現実世界の前では机上の空論なのかもしれない。

いずれにしても、米大統領選の結果が、世界の金融規制の潮流を決定づけていくものと思われるが、世界の政策担当者や学者の意見は概ね一致しているのである。ただ、それを実行するのがむずかしいだけなのだ。