この判決は、従来に無い画期的な判決です。
「1票の格差」が最大5.00倍だった2010年7月の参院選選挙区の定数配分は違憲として、弁護士らが各地の選挙管理委員会に選挙無効を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁大法廷(裁判長・竹崎博允長官)は17日、「違憲状態」との判断を示した。一方、定数配分の是正にかかる合理的期間は過ぎていないとして結論は違憲とせず、選挙のやり直しを求めた原告らの請求は退けた。
そのうえで「単に定数の一部の増減にとどまらず、都道府県単位を改めるなど、しかるべき立法措置を講じ、投票価値の不均衡を解消する必要がある」と述べ、制度の抜本的見直しを迫った。
日本経済新聞 電子版 2012年10月18日
従来の最高裁は5倍の格差(一人0.2票しかないような格差)があっても合憲という立場を取っていました。ちなみに衆議院は2倍を超えると違憲というものでしたから、大きな差があります。
それは二院制を採用した憲法の趣旨からは、参議院に独自な選挙制度を認めるべきという立法府の判断は尊重されるべきということが主な理由でした。
しかし、今回の判決は、5倍の格差に対して、「単に定数の一部の増減にとどまらず、都道府県単位を改めるなど、しかるべき立法措置を講じ、投票価値の不均衡を解消する必要がある」と判断したのです。これは人口比例とまでは言わなかったものの、かなり大規模な改正をして人口比例に近づけるということを求めた趣旨と見受けられます。
そして、実は、この判決は日本に非常に大きな影響、しかも良い影響を与えてくれる可能性があります。
【1】参議院は「権力の源泉の府」
今、日本の政治ってのが非常に混沌としています。
そして、この混沌の大きな理由は、実は参議院にあります。
参議院と言えば、良識の府。そして憲法では「衆議院の優越」を規定しており、力の弱い府であるという印象があります。
しかし、実はまるで違います。例えば教科書で「優越」と教えられる「予算の優越」。実際には予算を執行する法律、特に現実には予算の裏付けとなる公債発行に関する法律が通らないと予算は意味のないものになります。
ですので、「法律」に「優越」がない以上「予算の優越」なんて画にかいた餅です。
衆議院が2/3の決議が出来る状態でなければ、衆議院は全く「優越」してないのです。
では、衆議院と参議院は「同列」でしょうか?
いや全く同列ではありません。なぜなら、参議院には「解散」がないからです。
解散があれば、政権は解散を持って勝負に出れますが、解散がない以上参議院での多数意見を変えることは困難です(例外は郵政解散で、衆議院の選挙で参議院の多数意見の態度を変えさせました。)。
ですので、むしろ参議院は衆議院に優越する議院であるとすら言えます。
事実、日本の政治は参議院の多数を取ったものが主導権を握るという構図になっています。
55年体制下での自民党田中派も参議院を通じて主導権を握っていましたし、安倍政権の最後にねじれが発生して以降は、総理大臣のめまぐるしい交代はほぼ参議院を取れていないことが理由です。
そもそも日本だけが総理大臣をころころ変える頭の悪い政治家しかいない恵まれない国なのかと言えばそんなはずはありません。やはりこういうことが起きるのには仕組みに問題があるわけです。
このように、参議院は「熟慮の府」でも「良識の府」でもなんでもなく、まさに「権力の源泉の府」だというのが実態なのです。
そして今、そんな参議院に由々しき状況が発生しようとしています。
【2】参議院は過半数をギリギリで争う状況
2013年に参議院は選挙をむかえますが、恐らくはこの選挙では、どこの政党も単独過半数を取ることが出来ません。参議院は半数改選ですので、維新の会が過半数を取れないのは当然ですが、実は民主党も自民党もほぼほぼ単独過半数を取ることは難しい状況にあります。権力の源泉の府を誰も取ることが出来ないのです。
仮に民主党、自民党のどちらかが第一党、第二党になるとしたら、キャスティングボードを握る第三党的な党の意見が通ることになります。第三党「的」と言ったのは、足して過半数を越える党ならどこでもこれになりうるということからです。
そういうわけで、参議院の意思決定状況は常に過半数をギリギリ超えることで実行されるという状況がリアルになるわけです。
ところがこの参議院の過半数をギリギリ超えるという状況は本当に国民の過半数を代表する声なのでしょうか?
ここで一人一票に関する現実的弊害の問題が出てくるわけです。
【3】参議院の一人一票問題は少数決をリアルに
現在の参議院の一票の格差に関する状況は危機的な状況にあるのは言うまでもありません。
参議院の1議院あたりの背後有権者数を基準に計算し、鳥取を1票とすると神奈川は約0.2票しかないことになります。
現に参議院では、投票価値の大きな方から過半数を取れる議員をとりまとめることができるとしたら、背後有権者数としては、国民=総有権者数の3割程度で過半数を取れることになってしまうわけです。
そしてこの状況は一向に改善される見込みがありません。
上で申し上げたようなギリギリの過半数を争う状況にあるにもかかわらず、実質的な背後有権者数の多数とは全く連動しないわけですから、本当に国民の多数が選んだ結果なのか?とすると極めてでたらめな状況といえます。議員数でギリギリ過半数を超えていても、国民レベル(議員の背後有権者数)でみれば少数決になっているということがリアルに起きかねない状況なのです。
言ってみれば、サイコロを振って丁半で過半数=国の意思決定をしているのとさして変わらない状況にあるのです。
実は、自民党が絶対多数を失うことがあり得なかった55年体制の状況下では、政党レベルでの問題としては一人一票の問題はそこまで大きな問題ではありませんでした。しかし、今、そして今後は、リアルに「国民少数決」のリスクが高まるのです。
そんな状況に対して、最高裁は、憲法が二院制を取り参議院の独自性を認めているということを理由に一票に大きな差(最大1:4.83)があっても合憲という判断を2009年にしていましたが、今回大きく踏み込んだ判断をしました。
憲法が二院制を取っているという前提でありながら、参議院での人口比例の実現に大きな制約となっている都道府県代表という概念にメスを入れ、「単に定数の一部の増減にとどまらず、都道府県単位を改めるなど、しかるべき立法措置を講じ、投票価値の不均衡を解消する必要がある」と言及したのです。
また、今回の最高裁の判決には、迫力がありました、結果として、2013年に行われる次の選挙までに上記のような抜本的な法改正を行わなければ、次は選挙無効の判断を下しかねないということを推測させるレベルの判断とも言えます。
これは非常に大きな影響を与えます。
少なくとも立法府は、2013年のしかるべきタイミングまでに参議院の選挙制度を大幅に変えなければならないのです。
その場合、非常に多くの議員が現在の選挙区から離れて勝負をしなければならない話になります。
大きな格差がある地域から選ばれている議員は思いのほか多く、議席を失う可能性が非常に高くなります。
【4】憲法のガバナンスデザインを直すチャンス
国会議員が選挙制度をいじりたくないのはある意味必然です。
自分たちが勝ち抜いたテストやり方を変えれば、一般的には勝ち抜くことは難しくなります。ましてや支持基盤やら組織を失って戦わなければならないこともあるでしょう。
当然選挙制度の変更には消極的になります。
インターネット選挙運動がいまだにできないのも同様の理由です。ここについて、議員の現実は本当にシビアなのです。
だからこそ、この判決は本当に重たい判決として現職議員たちにのしかかってきます。
では、もし現職議員たちに、今の選挙区割りや議席数を変えなくても良い方法があるとささやいたらどうなるでしょう。
飛びつく議員もいるかもしれません。
参議院が独自性を維持し、人口比例を含めた投票価値の平等の要請を薄めても良いという別の前提が整うなら、それは実現できるかもしれません。
仮に、憲法が規定する衆議院による法案再議決の要件を2/3から1/2に変更するとしたら、参議院は国会が法案を通す上での大きな権力を失うことになります。
事実上衆議院が、二度法案を決議すれば、法律は成立することになります。
この場合、参議院は再考を促す院になるわけで、まさに良識の府としての実態を取り戻します。
そのように民主主義への影響が小さな院に戻れば、憲法上の一人一票の要請も大きく小さくなるわけです。
憲法を変えるには、参議院の同意が要ります。通常の状態であれば、このような憲法の変更は非常に難しいでしょう。
しかし、参議院議員が地位を守るために憲法改正が必要だということであるとしたら。。。。
解散が無い参議院が強大な権力を持つが故に起きている現在の政治混乱。
私は、今日のこの判決がきっかけとなり、日本の政治的意思決定ガバナンスが正常化するための憲法改正が行われることを望んでいます。
現職の参議院議員の方々の保身が、ある意味日本のガバナンス不全を直してくれるかもしれません。
そんなことまでを想像させてくれるほどの画期的な最高裁判決でした。
石渡 進介
弁護士