2012年のバレンタインデーに国会提出されたマイナンバー法案「行政手続きにおける特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」が結局、成立に至りませんでした。消費税上げと連動するはずの制度なのですが、解散を巡る政治的駆け引きのあおりをくらいました。
流れる2月ほど前、京都府山田知事から、税と社会保障の共通番号「マイナンバー」について講演せいとの連絡がありまして、とりあえず引き受けたはいいのですが、ぼくは門外漢でして、これまで興味もなかったんで、内閣官房のサイトから資料を全部ダウンロード、読んでみた上で、巷に出回っている書物を数冊買い込んで、繰り返し読んでみました。それでよくわかったことがあります。やっぱり「ようわからん」ということです。本来はようわかってる人が説明するための講演のはずだったのですが、あきらめまして、ようわからん立場から何がわからんのかを話すことにしました。以下あらましです。
まず、自分に関する番号を片っ端からチェックしてみました。運転免許証、パスポート、年金手帳、税務署からの請求、みな別の番号がついていて、国や公的機関が管理してます。大学や企業その他の所属団体の証明証、電話番号、病院の診察券、クレジットカード、キャッシュカード、ポイントカード、アメリカに住んでたころ取得したソーシャルセキュリティナンバー・・、みな番号がついていて、誰かが管理してます。一方、これだけ番号がある中で、国民全員が持ち公的機関が管理する番号はありませんでした。
今回は「国民ID制度を作る」より「税と社会保障の一体改革を進める」という目的に集中して制度を作ろうとしています。税・社会保障の分野に限定した番号を国民に与える。すると所得が把握しやすくなるし、行政コストも減るだろう、ということです。
国民に与える番号は、氏名・住所・性別・生年月日の4情報と関連づけた個人番号。桂枝雀「代書屋」がオッサンに聞く性別以外の3情報でんな。「生年月日言うとくんなはれ」「セイネンガッピ! 」は落語史上に残るシーンでんな。
これを住民基本台帳で管理・把握しようとするもの。10年前に住基カード、住基ネットで騒ぎになり、あまり使われてこなかった仕組みをも一度きちんと使おうとするしくみですね。
ようわからんのは、経緯をひもとくと、なぜそうなってるかが少しだけわかる。2つのトラウマが関わっているわけです。
まずはグリーンカード。非課税貯蓄(マル優)を名寄せするため少額貯蓄等利用者カード=グリーンカードを導入しようとし、1980年に法案の可決まで行ったのだが、郵政・金融業界が反発、85年に廃止されました。収入把握には大変な政治的抵抗があったのです。
そして住基ネット。2002年に稼働したものの、民間は使えず、数字もわざと覚えにくいものにされ、つまり過剰に安心対策を執ったせいで2011年末で621万枚、国民の5%しか使われていません。
しかし、やらなければならないとなってきたのは2つの事件が後押ししたからです。
まずは2007年の消えた年金。該当者不明の記録5000万件が発覚しました。基礎年金番号と氏名・住所・生年月日が正しければ照合可能だったといいます。今もなお半分が不明のままといいます。人災です。
そして2008年のリーマンショック。定額給付金1人12000円が給付されました。本来は所得制限をかけたかったのですが、全国民の所得が捕捉できないので、全国民に定額給付されたわけです。
マイナンバーの役割として政府資料にはさまざまなものが挙げられているのですが、給付つき税額控除、本人確認、添付書類削減の3つがポイントかと。
給付つき税額控除は、消費税上げの逆進性対策として導入が検討されている仕組みで、税額控除で控除しきれない額を社会保険料を相殺するか給付する。だから税と社会保険を一体に捉えようというわけです。
本人確認も大事です。2011年の震災時、見舞金を給付しようとしても身元確認手段がなく、金融機関の作業に支障が生じました。弱者にとってのセーフティーネットとなります。そして公的書類の添付書類削減。結婚・妊娠・出産・育児の場合、平均で女性は21種類の手続きが必要だそうです。引越には最大13種類の添付書類が求められます。行政機関の連携でそれが減る。ぼくは人生51年で27回引越をしていて、それ自体バカげたことですけど、書類ワークに要するコストがちょいとでも減ればいいなと。
でも、正直、あんまりうれしくはないですな。マイナンバーは数千億円のコストをかけて大変な政治調整を要する割に、制度化のワクワク感が薄いというか。だって、税と社会保障だけですからね。
一方、怖がってる人は多い。2011年3月の内閣官房調査によれば、「番号制度導入により国家によって国民が監視・監督される」46.9%。「偽造やなりすましによって、自分の情報が他人からのぞき見されたり不正利用されたりする」36.7%。「自分に関する情報が漏洩しやすくなる」27%。
でも、国家監視で言えば、パスポートは外務省、免許証は警察、今でも管理したけりゃできます。パスポート番号を管理してくれてないと外国入れずに困ります。情報漏洩にしても、4情報が漏れて本当に困ることって何でしょう。
もちろん、安心できる制度構築は大事で、目的外の特定個人情報の収集・保管の作成禁止、個人情報へのアクセス記録を自ら確認できるマイ・ポータルの構築、第三者機関(個人番号情報保護委員会)による監視・監督といった手段が執られようとしています。
だからといって、個人情報保護のあおりで見られたような、緊急連絡網が作れないとか、事故で搬送された人のリストを病院が警察に教えないとか、行政が民政委員に情報を渡さずに虐待家庭のフォローができないといった事態は、安心を求めて余計に不安をもたらした事例。
要は、便利と安心のバランスをどう取るかです。
このバランスの点では国によってバランスが違います。
- 国による統制が強く、利用範囲が広い 北欧
- 国による統制が弱く、利用範囲が広い アメリカ
- 国による統制が強く、利用範囲が狭い ドイツ
という感じ。
スウェーデンは政府への信頼が厚く、個人情報公開への許容度が高い。氏名・住所はプライバシー情報でなく公開が当然という考え方で、SPAR(情報登録庁) には「A市に住む年収xクローナの30代の女性リスト」といったことが申請できるそうです。
アメリカの社会保険番号SSNは行政以外に民間で幅広く利用されています。ぼくもアメリカに住む際、銀行口座の開設やアパートの賃借に必要なため、真っ先にこれを取りました。プライバシーは民間と個人の自主判断に任され、連邦政府の規制・監督はない。ただし、インターネット普及後は、その弊害も顕在化してきたため、複数の州政府がSSNの利用を規制しています。
ドイツには納税者番号がありますが、政府の個人情報管理への抵抗が強いそうです。ナチスの影響と言われています。日本はこのままだとドイツ型となります。それでいいのか、ということだと思います。
便利と安心のバランスは、公開と保護のバランスと言い換えてもいい。マイナンバーはコンピュータ/ITシステムですけど、ネットを巡る利便性と恐怖の問題と同様ですね。ぼくはITの利便性をどう拡張するかに心を砕いているので、マイナンバーもいかに安心を確保するかよりも、どうメリットを拡げるのかに関心があります。
病院・学校・銀行・引越・郵便局・ネット・郵便。公共的な領域に絞っても、いくらでも利用分野があります。金融・固定資産を一括管理する資産運用アドバイス。病院間をつないだ医療データのやりとり。
さらに、一度IDを登録すれば他のサイトでも同じIDでログインできる、いわゆるOpen IDに拡げれば、ネット上のさまざまな民間サービスで利用できます。野村総研の試算では、番号制度による電子行政の効果3.8兆円に民間でのID活用により、10.5兆円の経済効果があるとしています。
税と社会保障に限るだけでも不安が高いことを考えれば、そこまで拡げるのは抵抗が大きいでしょう。しかし繰り返しになりますが、税と社会保障だけで巨額のコストをかけてシステムを構築するメリットも説明しづらい。というか、ぼくがよくわからないのは、メリットの小ささと安心コストの大きさがアンバランスじゃないか、ということですかね。
民間利用の範囲で言えば、「自由に認める」と「一切認めない」との間に、「利用者・顧客が同意すればいい」とか「政府の許可制にかからしめる」とか、いろんな幅があると思います。仮にマイナンバーが制度化され導入されたとしても、引き続きバランス論の議論が必要になります。
結論:今回は長文になりました。長文になるということは、よくわかってないということです。わかってることは短文になりますんで。
編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2012年11月1日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。