コンピュータは人間を神にするのだろうか~2029年に訪れる人間とAIが対等になる時代

新 清士

コンピュータは、人間と対等の存在になるのはいつだろうか。アメリカの発明家で未来学者のレイ・カーツワイル(Ray Kurzweil)が新刊「How to Create a Mind: The Secret of Human Thought Revealed」を発表した。そこでは、コンピュータが人間の脳の持つパターンをシミュレートできることが可能であり、現在のペースでコンピュータの性能が上がり続け得れば、脳科学と人工知能(AI)の融合によって、2029年に人間と同じレベルのAIが登場すると言い切っている。

そんなSFめいたことが、本当に実現するだろうか。それを本気で信じている人たちがアメリカに存在しており、事実、社会に対して影響力を持っている。

Time 2045 特集

Timeの2011年2月の「2045: The Year Man Becomes Immortal」より


■「ムーアの法則」によって我々はどんどん豊かになっている

私は、彼の講演を始めて聞いたのが、08年のGame Developers Conferenceで「Future of Gaming」という講演だった。この内容は、彼の定番の講演だったことを後で知るが、彼は2年の間にコンピュータチップの性能が2倍になっていく「ムーアの法則」が1965年にゴードン・ムーアが提唱した年だけではなく、1900年の計算尺の頃から首尾一貫して継続していることをプロット通じて示している。それは単にコンピュータだけに留まらず、インターネット回線の速度、ウェブサイトの増加、そういったコンピュータだけでなく、さらには遺伝子解析の速度といった分子生物学から医療の分野でも起きているということを示しており、「収穫加速の法則」と名付け、我々はどんどんと豊かになっているとしている。

人間を取り巻くコンピュータの環境は指数関数的に加速化しており、「ムーアの法則」がこのまま継続していくならば、2020年代には、一つのチップが、ネズミ一匹の脳の計算能力を上回り、さらには、2030年頃には人間の脳に追いつく。そして、2050年代に入ると、一つのチップで全人類の脳の速度に追いついてしまう。脳がどのように活動しているのかを探る「ブレインスキャン」の技術も日進月歩で進んでいるために、やがて、コンピュータ上で人間の脳を完全にシミュレートできると予測している。

そして、カーツワイルの予測では、人間とコンピュータの区別をつけることができなくなる「チューリングテスト」を残り越えるのは、このペースでは2029年頃に達すると予測している。「How to Create a Mind」はその議論を補強する書籍だ。その時代になると、我々はコンピュータと話しても、それが実際に人間なのかコンピュータなのかを区別が付かなくなる。iPhoneに搭載されている「Siri」が、人間以上に、最高の愚痴を聞いてくれる話相手になってくれるのも時間の問題というわけだ。

カーツワイルが指摘しているのは、最先端のスーパーコンピュータの性能は、10年ほどで1000ドル台で購入できるまでにダウンサイジングされてくるということだ。性能が上がり続けるのに、コストが下がり続けることによって、人間の脳に追いついたコンピュータは、次の段階として、人類そのものと統合される。それは、2045年頃で、人間の寿命は生物が迎えている限界を超えて、不死に近い力を得るようになるという。「攻殻機動隊」のような世界だ。その時代をシンギュラリティ(技術的特異点)と呼んでいる。そして、人類は人類を越える「ポストヒューマン」の時代に入っていくとしている。コンピュータの発展に対する極端なまでの楽観主義によって彩られている世界観だ。それはにわかには信じられないような荒唐無稽な話にも感じられてくる。

■未来学者が語るSFめいた世界が信じられるアメリカ

それを単純な冗談として考えているわけではないのは、カーツワイルが、2000年にSingularity Institute for Artificial IntelligenceというNPOを設立している。その団体の一つの目的は、コンピュータの急成長によって「強いAI」の登場を防ぎ、人間とコンピュータとが的確に共存できる世界を探っていくというということだ。単純にいうならば、映画「ターミネーター」に登場するコンピュータの知性「スカイネット」のような存在が現実に生みだされ、人類との対決が起きるようなSFめいた世界を避けるにはどうすればいいかということをマジメに議論している。

この議論に対する関心は、特にアメリカでは学術分野から企業活動まで、実際、影響力を持っている。毎年、Singurality Summitという将来を議論するためのサミットを主催しており、今年は第7回が10月にサンフランシスコで開催されている(多くの講演は動画で公開されている)。参加者には、心理学者のSteven Pinker、プロスペクト理論で知られるノーベル賞受賞者の経済学者Daniel Kahneman、SF作家のVernor Vinge、経済学者のRobin Hanson、Google Director of ResearchのPeter Norvigといった人々の名前が並ぶ。このSummitが注目を集めるのは、技術的な未来の情報を得ることはもちろん、投資家にとっても有望な新しい投資先を探る可能性を探るものである。影響の大きさは、様々なところに顔を出す。

スタンフォード大学のバーチャルリアリティの人間への影響を研究するVirtual Human Interaction Labがまとめた書籍「Infinite Reality: The Hidden Blueprint of Our Virtual Lives」でも、カーツワイルと違う形での不死をどうすれば仮想空間の中で実現できるかということに、わざわざ一章割かれて議論されている。端的にまとめると、ライフログのようなものを収集することによって、仮想世界のなかに自分のコピーを残すことができ、肉体が死んだとしても、世代を超えて、自らの考え方を永遠に子孫に伝えることができるとその可能性を論じている。アメリカのこうした議論では、SFと技術と思想が、現在でも近い。

未来学者(Futurelist)という肩書きは、アメリカ特有の肩書きだろうと思う。1980年に『大転換期』を書いたハーマン・カーンや、1980年に『第三の波』で情報化社会の登場を予測したアルビン・トフラーといった人物も、未来学者という肩書きだった。未来予測は外れるために存在するようなものだが、それでも、信じられることによって社会は動く。

ただ、アメリカらしいと感じるのは、極端なまでのコンピュータといった科学技術に対する楽観主義だ。グーグルが世界のすべての情報にアクセスできるようにするのが正しいと考えるような、アメリカのウェブ技術に対する極端な開放主義には、深くこうした思想が背景に存在しているように思えている。

世界を人間がコントロールできる、もしくは、してもいい。その西欧社会で科学技術が発展してきた考え方が面々と流れている。カーツワイルは、脳に着目し、逆に言えば、脳さえ完璧にコンピュータ上にシミュレートできるようになれば、人間は「不死になれる」と本気で考えている。

■コンピュータの発展はやがて人類を神へと変えていく

そして、「神」が登場する。いや、神そのもの世界へと接近していくことが前提となっている。カーツワイルは、『ポスト・ヒューマン誕生―コンピュータが人類の知性を超えるとき』のなかで、「テクノロジーと人間の知性の融合」の次の段階として、「宇宙が覚醒する」という段階へと進むとしている。「大幅に拡大された人間の知能(圧倒的に非生物)が宇宙のすみずみまで行き渡る」としている。SFの読み過ぎのホラ話だろうという気分がするが、本人は極めて本気のようなのだ。この段階が「特異点と宇宙が、最終的に迎える運命なのだ」とまで言い切っている。ほとんど、コンピュータ教とでもいうべき信仰の領域に感じる。

一方で、これは明瞭にキリスト教圏の未来世界像だと感じている。今年の講演のなかで、カーツワイルはハードウェアの高度化に伴うソフトウェアの影響力が増していることを論点としていた。コミュニケーション技術の加速が、民主主義を世界に広げていくという世界像を語っている。そこに迷いはない。

日本人が、ソニーはなぜアップルになれなかったのか、なぜグーグルを生み出せないのか。もちろん、そこには組織的な課題も大きく存在していることはあらためて指摘する必要はない。しかし、世界を特定の思想によって飲み込んでいくということに、何の抵抗感もない西洋の文化圏の影響もまた大きいのではないかと思っている。

日本人は自国の製品を世界に浸透させることには抵抗感はないが、思想によって世界を飲み込んでいくという発想までは考える事ができない。ソフトウェアには、ハードウェア以上に、それが生みだされる世界の文化的価値観が大きく影響を与えているように、私には思えてならない。日本人が考えるような中身のない「八紘一宇」のような日本的な思想はソフトウェアの思想を生み出せない。

ただ、カーツワイルの講演を初めて聴いてから3年半。SFと現実とがまぜこぜになった議論は相変わらず嫌いではない。一方で、私は日本人らしく、そこまで人間は透明な存在ではなく、もっとややこしいウェットな存在なのでは、感じる様にもなっている。

新清士 ジャーナリスト(ゲーム・IT) @kiyoshi_shin
めるまがアゴラにて「ゲーム産業の興亡」や、日本経済新聞電子版「ゲーム読解」ビジネスファミ通ブログ「人と機械の夢見る力」を連載中