この20年の間、日本で経済金融の議論ができるほどの人々の意見は大きく分かれていた。いわゆる「リフレ派」は、デフレを終わらせるために日銀のビッグ・プッシュ(民間に投資を即して経済成長させるための圧力をかける政策)を支持しているが、「リフレ」に反対する陣営は、そのような圧力が無駄になったり、あるいはハイパーインフレによる壊滅的破滅につながったりすることを懸念している。日本銀行は周知の通り保守的だが、「リフレ派」は(政権復帰した自民党の)安倍晋三氏という強力な援軍を得た、と感じているようだ。安倍氏が日銀の考えを覆すことに前向きで、かつその能力を持っているのを発見したことは(彼らにとって)画期的なことだった。
私はブログの中で、金融政策の有効性について懐疑的な考えを何度も書いてきた。私はマクロ経済学者というより金融エコノミストだが、大学院ではマクロを学んでおり、金融緩和支持者の理論モデルが持っている硬直性や限界について直接的な経験がある。米国の「リフレ派」のうちより極端な人々は、中央銀行がマクロ経済を完全に制御している、と主張しているが、私は彼らの主張には懐疑的だ。インフレを引き起こす中央銀行の努力はうまくいかないものだし、それが実を結ぶのは破滅的「成功」の瞬間、実体経済の助けになどまったくならないインフレの中で急激な「スナップアップ」を引き起こすときである、ということも大いにありうる、と私は思う。安倍晋三氏のリーダーシップにも大して期待しているわけではない。彼が最初に日本国総理大臣になり、それを辞めたときのことを覚えているからだ。

だから、私が日本と米国の両方で「リフレ派」を強く支持していることを知ったら読者は驚くかもしれない。ここではその理由を説明させていただきたい。

第一の理由は、利益がリスクと釣り合っていない、と思われるということである。リフレは日本が抱えている最重要問題のうちの3つ、つまり
  1. 景気低迷
  2. デフレ
  3. 莫大な国の借金
を一度に解決するのに役立つ可能性を秘めている。金融緩和を実施すれば、おそらく日本の失業率が少し下がり、また円が値下がりして輸出業者を助けることになるであろう。それはまた140%超で先進国世界中最高である国債の実質価値を減らすことにもなるだろう。

他方、唯一のリスクはハイパーインフレだ。我々はハイパーインフレをどの程度恐れるべきなのだろうか? 経済への影響という面では、それは国家債務不履行に非常によく似ているが、超過支出を制御しないかぎり日本はどのみちその方向に向かって進んで行く。ハイパーインフレは貯蓄を破壊し、経済活動の一時停止を引き起こす。それは政府が厳しい緊縮財政の実施を強いられるまでの約1年間、継続するだろう。ハイパーインフレが終わった後、経済は往々にして経済活動の再起動とともに強力に回復するのである。

言い換えるならば、ハイパーインフレは悪いものではあるが、それが世界の終わりというわけではない。しかも、それは起こりえない事態であるように思われる。ハイパーインフレは歴史上まれなものであり、通常は戦争など、実体経済への深刻な混乱と同時に起こるものだからだ。

だから、リフレについて熟慮するときには、三つのとても重要なものが得られるという起こりうる可能性と、一つの損失ではあるが、世界の終わりというほどではない損失だ、という起こりそうにない可能性との間でバランスをとる必要がある。そして、そのリスクは負うに値するものである、と思う。

私がリフレをサポートする第二の理由は、それが日本の将来に対する賭けを意味するからである。インフレ(で棄損されるの)は基本的に税金である。インフレで貯蓄が目減りすると、固定された名目金利でお金を借りている人々(例えば、日本の国債を所有している人々)が大損する。しかし、日本の国債を削減するための他の方法としては、消費税や所得税を上げることしかない。インフレが高齢の退職者をより多く傷つけるのに対し、消費税及び所得税は若い労働者をより多く傷つける。

現在、日本の若者は巨大な圧力のもとにある。彼らは日本の終身雇用制の終焉に苦しんでいる。日本の新しい労働者のほぼ半数がフルタイムのサラリーマンではなくパートタイマーや契約社員であると推定されている。これはつまり、楽で古い終身雇用制度のもとで団塊の世代が享受した経済的利点のほとんどを若い人たちは享受しないであろうということを意味する。それだけでなく、日本人の出生率の低さは、若い人々が現在、どんどん多くの高齢の親族──通常の状況下でさえ過重な重荷──をサポートすることを期待されているということをも意味している。

日本の若い世代は、巨大な経済的圧力のもとで崩壊しつつある。働いている親たちには子どもと高齢の親族の面倒を同時に見るだけの時間やお金はもはやなく、それとともに出生率が低下し、それが悪循環を続けている。自殺率は引き続き高く、特に労働者の間でそうである。うつ病が蔓延している。

その一方で、今日の国債の多くは、団塊の世代のメンバーに恩恵を与えた政府支出の名残である。もしその債務が高い課税を通じて返済されるとしたら、一時的にして今はなき終身雇用システムによる不公平だけではなく、若い世代から老いた世代へと富が大移動することをも意味する。一方、団塊の世代の人々は自らが享受した政府からの豊かな給付に対する支払いを余儀なくされるのであるから、インフレ傾向は高齢者にとっては税として機能する。したがってインフレは、日本の借金を減らす方法としてもより公平なものであると私には思われる。

もちろん、たとえリフレが機能する場合であっても、それが日本の経済問題のすべてを解決するわけではない。構造的欠陥は、日本の生産性の足を引っ張ってきた。貧弱なコーポレートガバナンスや硬直した労働市場は、インフレ率の上昇によっては解決されない。しかし、現在のデフレ環境においてこれらの制度を改革するのは困難である。

提唱されているリフレの方法の中では、二つのものが最も有望である。その第一はNGDPレベルターゲティング(名目GDP水準目標)であり、日本を安定した穏やかなインフレなき成長路線に戻すためなら何でもすると、日本銀行は約束する。この計画が実施されれば、日銀は経済の健全性を向上させるために必要なだけの金融資産を購入しなくてはならなくなるが、これは最近、米連邦準備制度理事会で採択された政策と同様なものになるだろう。

第二の可能性は、私のアドバイザーであるミシガン大学のマイルズ・キンボールによって提案された「電子マネー」という考え方だ。この提案のもとでは、政府は紙の現金と電子マネーとの間に「為替レート」を確立する。これにより日本銀行は電子マネーの名目金利をゼロ以下に下げることができ、国民は貯蓄の目減りを避けるためにより多くのお金を使うようになるだろう。このアイデアは型破りだが、こんな異常事態では大胆な実験も必要だ。

ようするに、個人的に私は「リフレ」に懐疑的だが、「リフレ」は日本のスタグフレーションの長いスパイラルを終わらせるための選択肢として最も問題が少なく最も危険の少ないものだ、とも考えているのである。

追記:「リフレ」は英語にある単語だが、私は金融政策の議論でこの単語が使用されているのを聞いたことはない。米国は長い間、デフレ状態ではないので、我々はインフレに「re」をつけることなどしなかったんだろう。


編集部より:この記事はノア・スミス氏より寄稿されました。興味のある方は同氏のブログ「Noahpinion」もご覧ください。また、原文はこちらに置いてあります。

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