政治家たちが必ず経済政策を誤る理由

2013年01月01日 06:57

政治家たちは、なぜ経済がわかっていないのだろう。

民主党の場合は、信念に基づく政策、強い思いのある政策という、自分がたまたま思いついた、あるいはたまたま出会った人に吹き込まれた政策に、ぼくちゃんの政策として、固執するから、止むを得なかった。

安倍氏の金融政策もそういうところがあり、安倍氏は意外と民主党的なのだが、一方、麻生氏は、総理自体と何も変わらず、古い自民党のままだ。いや、自民党と民主党の悪いところを兼ね備えた、ハイブリッド型だ。

なぜ、彼らは経済政策を誤るのか。

それは、私の責任だ。


先日のNHK9時のニュースでのインタビューでは卒倒しそうになるぐらい、誤った政策を自信満々に語っていた。自称、経済の麻生だから仕方がないが、リーマンショック後の失敗を経て自信を深めていた。

安倍氏の方はまだましだ。素直に主張しているだけだから、誤りに気づけば、あるいは現実に危険な兆候が出れば、すぐに軌道修正するだろう。しかし、麻生氏は、リーマンショック後のエコポイントなどで失敗しても気づかぬどころか、自信を深めているようだから、極めて危険だ。

政治家たちの経済政策がひどいものになる理由は、論理的には、いくつかに場合分けできる。

第一に、政治的利害関係者の利益を優先させ、経済全体のことを考えない場合。

第二に、経済効率性を優先せず、社会的政策として経済政策を行う場合。

第三に、政党などのフィロソフィーに縛られ、具体的な利益よりも思想的な信念を優先させる場合。

これらにより経済政策が失敗するのであれば、それも仕方なかろう。目的が別なのであるから、経済的にプラスにならなくとも、それは別の道を行っているだけのことだからだ。

日本を振り返ると、90年代半ばに経済政策を誤り始めたのは、第一と第二の要因である。

まず、政治献金の制度が変わり、経団連など大企業からの献金は難しくなり、地元の中堅企業からの献金に大きく依存するようになった。小選挙区になったのと同時に、政治資金の問題が大きい。したがって、公共事業を行うにしても経済全体にばらまくのならまだましで、地元の業者に誘導しようとするようになり、日本全体のGDP押し上げ効果、雇用は関係なく、自分の選挙区に雇用を他の地域から移すことを意図するようになった。ゼネコンや不動産デベロッパーへの利益誘導なら、東京や大阪、名古屋を改善するような公共事業投資が、規模も大きくなりうるので望ましかったのであるが、自民党の多くの有力議員はそれ以外の出身であったので、ばら撒きもかなりゆがんだものになった。

その意味で、民主党のばら撒きは、現金が中心であるため、ある意味効率的であり、かつ政治力がなさ過ぎて、特定の利害関係者に利益誘導することすらできず、全国均一で相対的には望ましかったのであるが、90年代半ばとは、財政事情が違いすぎ、実現不可能だった。民主党政権に実行力がなかったことは、この場面では幸いで、ばら撒きが実現せずにすんだとも言える。

一方、第二の要因は、今回の民主党政権に特徴的で、経済成長よりも弱者への所得移転ということであった。しかし、前述のように結局はあまり実現しなかった。しかし、90年代半ばの経済政策にもこれは言えたことで、金融危機は、社会的な判断が優先され、深まった。

まず、住専問題がクローズアップされてしまった。住専関係者はいかにも悪者で、こんなやつらに税金を投入できるか、という雰囲気が出来上がってしまった。そして、農水関係者対大蔵省という構図も出来上がってしまい、農水関係に切り込むことができなくなり、同時に大蔵省主導で、金融危機への手当てが出来なくなってしまった。それが97年以降の金融危機のショックを大きくしてしまった要因の一つである。さらに言えば、バブル崩壊のときに軟着陸できず、不動産崩壊から金融危機の素地が出来上がってしまったのは、日銀の総量規制のせいにされているが、土地バブルつぶしは、政治的には最優先の課題で、日銀が好んでつぶしたわけでなく、政治が日銀に圧力をかけた結果だ。

さらにさらに言えば、80年代後半にバブルが異常に膨らんだのは、プラザ合意後円高が急速に進み、円高不況といわれ、実際には、内需が膨らみ、景気は過熱したにもかかわらず、中小企業救済ということで、金融緩和が継続された。二回のオイルショック後であったために、物価は既に高く、消費者物価の上昇率は、オイルショックでの人々の記憶に比べれば、それほどでもなかった。この結果、金融緩和圧力に屈しやすい状況にあり、日銀は政治にひずめられ、バブルを膨らませてしまった。

この二度の政治的圧力による金融政策の失敗を日銀は深く反省し、せっかく手に入れた独立性を、今失おうとしている。

このまま書き続けると、元旦から書物がかけてしまいそうなので、中略して、第三の要因に移ろう。

この典型が、小泉あるいは竹中構造改革で、構造改革なくして成長なし、という信念あるいはお経が広められたことによる失敗である。これは需要政策か供給サイドのいわゆるサプライサイドかという風にも分類できるかもしれないが、要は公共事業のバラまきをやめようという捉え方は誤りで、経世会と清和会の戦いと捉える方が事実に即している。

なぜなら、郵政解散総選挙というものがあり、構造改革の象徴としての郵政改革に焦点が当たったが、実際には、その前の道路公団民営化と同じく、実質的な利権構造は維持したまま、表面を変えただけであり、結果として生じたのは、自民党をぶっ壊すという名目の下、経世会がぶっ壊されただけのことだったからだ。

この政策が罪深かったのは、実際のところ構造改革はほとんど進まず、2003年以降のアジアを中心とした世界の新興国の成長、世界的な金融バブル、異常な円安に支えられ、景気が良くなっただけのことで、経済政策はほとんど実現されたわけではなかった。この結果、グローバル経済と東京不動産バブル及びヒルズ族に象徴される新興企業ブームに乗った、これらの一部の産業や地域、人々だけが大きな利益を得、一方、地方を中心として、この恩恵に授からなかった人々との格差が広がったとされ、格差社会は、小泉竹中構造改革の責任とされ、反動で、別の論理で自民党批判、あるいは既存の政治への不信から生まれた民主党政権では、構造改革が格差社会を生んだという主張がなされるようになってしまった。

この結果、構造改革は封印され、すべての構造変化が否定され、温存されたまま、所得政策のばら撒きが行われようとしたので、財政破綻、経済政策は意味不明になってしまった。

さて、民主党および新生安倍政権、とりわけ麻生財務大臣の政策の問題点は、単に誤った経済理論、いや理論とも呼べない呪術的経済政策の議論を信じてしまっていることだ。

これはたまらない。

原発菅直人失策並の後悔を日本にもたらす。

安倍首相が、呪術的金融政策を信じているのはもはや有名だが、麻生氏の誤りぶりはそれ以上だ。公共事業を増やそうという意図の下にやっているのではなく、単に自分の思いこみと思い付きが正しいと信じてしまっていることだけから来ている。

麻生氏の誤りは、

1.経済はすべて「気」の問題。陽気になればなんとかなる。
2.カネとモノをぐるぐる回せば景気が良くなり、雇用が生まれる。
3.日本にはカネは無限にあるが、需要とやる気が足りない。陽気に使い捲れば、その眠っていたカネが動き出す。

ということに要約される。安倍首相にはリフレ派の中でも相対的にまともな経済学者が今後アドバイスすれば修正は可能と予想されるが、一方の麻生氏は、日銀総裁には、経済学者は不適切。組織を運営したことがない。と発言している(もちろん政治家も組織を運営したことがない。自民党は中小企業の社長の集まりだから、個々の魅力はあるが、組織としては動けない。民主党は組織だが、与党になったのが初めてで、どうしていいのかわからなかった)。

この根底には組織運営というよりは、経済学者は不要だ、という考えがあると思う。

経済学は科学と異なり、経済という社会の動きを捉えるべきものだから、学者などには無理で、経営者でもある自分の方が分かっている、ということだろう。

そう思わせたのは、我々経済学者のパフォーマンスが悪いからで、変な経済学者や経済学を知らないエコノミストがメディアにはびこっているのが問題なのだ。

したがって、政治家の経済政策のレベルを上げるためには、我々が頑張らねばならず、アゴラでの議論も、政治家が受け入れざるを得ないような、経済学への信頼を得られるような議論にしなければならない。

実は、世間、人々の経済学への尊敬、信頼がないことが、政治家が平気で経済理論を踏みにじることを許している真の要因であるから、世論形成の上でも我々そしてアゴラの責任は重いのである。

ということで、今年こそ頑張りたいと思う。

アゴラともどもよろしくお願いします。

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