書評:『情報社会と共同規制』を読む --- 中村 伊知哉

アゴラ


情報社会と共同規制: インターネット政策の国際比較制度研究

若い研究者ながら長年の仲間でもある生貝直人さんの「情報社会と共同規制」。
自主規制と公的関与という情報政策の主流となった枠組を概説する好著。コンテンツ規制、青少年保護、プライバシー、著作権などホットイシューに関する企業・業界団体の自主規制と政府の介入による公私の共同規制、その米欧日の比較です。


通信放送融合法制、安心ネット協、EMA、知財本部、教育情報化、サイネージなどぼくが関わるプロジェクトの多くが共同規制案件です。ぼくが政府から民間に転じた時期、メディア政策が提供政策から利用政策にシフトする中で、政策手法も民寄りに変わってきました。
ぼくの基本スタンスは自主規制>共同規制>直接規制。できるだけ政府の規制がなくて済むよう、つまり非共同規制で行けるよう民間の活動を整えようとし、次善の策として共同規制を是認してきました。直接規制に異を唱えることもしばしばありました。それは理論的支柱に基づいてというより、感覚的に対応してきたことが多かったのですが、本書はその理論を整理してくれています。

個別に読みます。

○3章:通信放送の融合とコンテンツ規制
日本の融合法制論議は欧州の制度を参考にしたが、結局導入を見送りました。日本は新しい法スキームに移行して話題にならなくなりましたが、欧州制度も進化しており、それがアップデイトされていて参考になります。
欧州スキームの日本導入見送りは、ネットのコンテンツ規制強化を避ける判断であり、ぼくは今も正解だったと考えています。そもそも日本の放送コンテンツ規制は、各社に審議機関を置かせるなど従来から放送局の自主規制を法が求める共同規制であり、民放連やBPOも重畳した仕組みとなっています。放送番組に対し当局が直接規制を加えるのが国際スタンダードな中にあって、一つの世界的なモデルと言えるでしょう。

○4章:モバイルコンテンツの青少年有害情報対策
青少年ネット法により「米国型の自主規制から、政府による介入度合いの比較的大きい英国型の共同規制に移行」との指摘。そのとおりです。
ぼくが安心ネット協、EMA、I-ROIの発足に関わったのは、共同規制ではなく政府の直接規制に針が振れるのを危惧したためです。法案制定に至った国会でも参考人として出席し、法案に慎重意見を述べたのも、国の過度な介入を恐れたためです。結果、現状、有効な共同規制で推移しています。
昨年、ネット炎上についてニューメディアリスク協会を立ち上げたのも、事態を放置すると政府介入の怖れあったためです。こちらは現状、共同規制でなく自主規制に留まっています。

○5章:行動ターゲティング広告のプライバシー保護
行動ターゲティング広告のような「流動的領域への対応においては・・・消費者の主観的な、いわば“安心”の担保が重要な政策課題となる」。これが厄介です。
消費者の「安心」を動機とする政策は、規制の加減に基準がなく、集団訴訟や市民団体活動の弱い日本は「公」の発動に依存しがちです。このため「安心」を巡る規制は、個人情報保護、青少年ネット規制、レバ刺しなど食品規制等予防的に強い事前規制へと流れがちなわけです。
政府による過度の規制を招かないためには、民間による十分に「早く強い」自主的な措置が必要です。消費者庁のコンプガチャ禁止は、業界対応が遅れたせいという面もあると思います。

○7章:SNS上での青少年保護とプライバシー問題
フェイスブックやマイスペースなど20社が対応の原則に署名し、各社が自主宣言した上で、大学など第三者が事後評価する欧州のモデルが紹介されています。
なるほど、そういう手がありますか。民間が個別にアクションを起こす。大学を評論に止まらないプレイヤーとして参加させる。大いに参考になりますね。

○9章:共同規制方法論の確立に向けて
民間には自主規制のインセンティブはありません。政府がインセンティブを創出するには、直接規制するぞというプレッシャーを与えることという指摘。青少年ネット法の「見直し規定」がその例でしょう。
コンプガチャ禁止通達は直接規制を発動した例ですが、「通達」という恣意的で不透明な手段であるため、引き続き強化されかねず、これが民間自主規制へのプレッシャーともなっているという皮肉。肯定的に解することもできます。
ネット炎上に関しては、ニューメディアリスク協会を立ち上げ、国会議員や官庁にオブザーバとして活動をウォッチしてもらっているのですが、この手法は、自主規制でありながら未然に直接介入を防ぐ緩い共同規制の例と言えるのではないでしょうか。
今後の課題として、国際整合が挙げられています。どの案件についてもボーダレスの対応は重要にして未解決の問題。がんばりましょう。

生貝さんはじめ研究者のかたがたにはお願いもあります。
まず、共同規制の先輩格として「標準化」があります。技術に関する強制基準と自主基準、そのはざまでの共同運用。これも同様のアプローチで分析してもらえないか。
また、規制手法を正当化する論拠として、共同規制に関する経済学的な論考も待ちたい。どういう条件の場合どのような共同規制が社会厚生を最大化するか。
そして今、最も注目されるのが「ソーシャルゲーム」の健全化対応。消費者庁、総務省、経産省及び与野党と連絡しつつ業界団体を設立しているのですが、コンプガチャに端を発した規制問題にどう収まりをつけるのかが問われています。
ソーシャルゲームの共同規制をどう設計すべきか。法制度との整合、業界の取組の要諦、官庁との距離感など、ぜひご意見をお聞きしたい。ご教授いただければ幸いです。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2013年1月7日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。