成長エンジンを再構築しないと日本はもたない

大西 宏

今や時の人となった浜田教授が、ダイヤモンドオンラインで日本の半導体や情報家電が苦しんでいるのは超円高のせいだと述べておられますが、何でも円高が原因だとしてしまうと日本の産業競争力が低下してきた理由が見えてこなくなります。
浜田宏一・内閣官房参与 核心インタビュー 「アベノミクスがもたらす金融政策の大転換 インフレ目標と日銀法改正で日本経済を取り戻す」|論争!日本のアジェンダ|ダイヤモンド・オンライン :


もちろん行き過ぎた円高は輸出産業に大きなハンディを背負わせてきたことは事実です。しかしそんな円高の中でも競争力を維持してきた産業が、とくに素材や部品などの中間財などではあります。
実態を見れば半導体や家電の不振の原因は競争力が低下したことにもあったといわざるをえません。しかも、パナソニックやシャープのように国内に巨大な製造拠点をつくったことが裏目にでたとしても、他は円高を回避するために中国で製造を行い、迂回輸出を行なってきたわけで、超円高だけが日本の半導体や情報家電敗北の原因とはいえません。むしろ戦略のミスによるところ、また韓国や台湾などの企業に技術においてもキャッチアップされ、追いぬかれてしまったことのほうが大きかったのではないでしょうか。

競争力が低下してしまった背景には、日本の大企業のなかにはリスクを嫌い、積極的な投資を行うチャレンジを行なってこず、むしろリストラで捻出した利益をキャッシュとして貯めこむという企業が増えてきまったこともあるように思えます。加護野甲南大学特別客員教授が示しているように、1994年から2010年にかけての有形固定資産ストックの成長倍率で投資の伸びをみてみると、全産業では1.4倍でしたが、電気機械ではなんと1.15倍にしかなっていません。投資そのものが停滞してきたことを伺わせます。有形固定資産ストックの成長倍率がもっとも高いのは、サービス業の2.09倍というのも納得できるところです。
キャッシュをため込む日本企業 資金余剰が大きくなるのはなぜか (1/6ページ) – SankeiBiz(サンケイビズ) :

さて、アベノミクスとして大胆に金融緩和政策を総理就任前から発表したことに市場が反応し、円安→株高の流れが生まれました。もちろん、貿易赤字が増えたことで外貨を得なければならない状況で円安トレンドが生じてきたさなかとはいえ、大きく市場マインドを変化させたことはいうまでもありません。しかし、円安・株高があってもそれでただちに実体経済が再生するわけではありません。

アベノミクスではさらに財政政策、構造改革による成長戦略をうたっていますが、財政政策は、国土強靭化という財政出動のコンセンサスが得やすいものを柱としたとはいえ、新規性が乏しく、下手をするとまた経済波及効果のない、経済再生にはまったく役立たず、財政がさらに悪化させるだけのものになってしまいかねません。文部科学省の補正予算についても、アゴラで林良知さんが指摘されているように、旧態依然としたバラマキ色の強いもので、アイデアがないのです。
文科省の補正予算のでたらめ — 林 良知 : アゴラ – ライブドアブログ :
つまり、財政出動はスタードダッシュを演出するために、使いやすいところから予算を積み上げるという印象しかうけず、それは復興予算の不透明な使いかたでもあらわれたように、また怪しげなものを混在させてしまう結果になる可能性が高いと感じます。

官民ファンドで、企業の設備を買い取って、リースするなどの企業救済も含まれているようですが、それは最悪です。どうも政府が国家資本主義化をめざしているとしか思えず、それでは弱い産業に無駄金をそそぐという結果となり、成長力や競争力を回復することにはつながりません。
日本は共産主義国家か? 粗製乱造「官民ファンド」の欺瞞|安東泰志の真・金融立国論|ダイヤモンド・オンライン :

日本の経済は三重苦を背負ってきているのです。ひとつは超円高が輸出産業の苦しめて来ました。もうひとつは労働力人口が減少し、しかも高齢化してきたことです。それは確実に内需を押し下げます。「谷村経済学概論」というホームページに労働力人口の減少と高齢化をグラフ化したものがありましたので引用しておきます。
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少子化や人口減少を考える 「谷村経済学概論」:
もうひとつが、デジタル革命や経済のグローバル化に乗り遅れ、そこから派生する変化をうまく成長に取り込めず、生産性が伸びてこなかったことです。生産性の向上はたゆまないイノベーションを持続させることで得られますが、その活力を失ってしまったことです。

高度成長期は、円安、豊富な労働力人口、ものづくりでの優位性という3つの成長エンジンを持っていたのですが、今はその真逆の構造を抱えてしまっているのです。労働力人口問題を軽く見ている人もいますが、労働力人口は生産を支えるだけでなく、消費も支えているという両面で考える必要があります。

日本の成長をドライブするエンジンをなにに見出すか、それは特定の産業に政府が関与するということで解決するものではありません。なぜなら、成長エンジンを生み出すのは民間企業や国民であって、政府はその誘い水を差し出す程度しかできないからです。そしてその誘い水として重要なのは、成長への期待をいかにつくりだすかだと思えます。実体経済で重要なのは、インフレ期待ではなく、成長期待なのです。

この間に、閣僚や政府要人の不規則発言に、為替や株価が振り回されたように、為替や株市場は極めて神経質です。しかし成長期待はそうはいきません。なにか大きくパラダイムが変わってしまうような政策のサプライズ、思いきった構造改革が進み、ほんとうに日本は変わっていくという確信が広まらない限り、新しいビジネスへのチャレンジの意欲も高まってきません。そういった政策は、再生本部が担うのでしょうが、どのようなアイデアが示されてくるのでしょうか。しかし結局は安倍総理の覚悟が試されてくるのだと思います。

強い日本、美しい日本を取り戻すという言葉はいいとしても、このままでいけば、日本の人口の推移からすれば、過疎化が農村部だけでなく、ほとんどの地方都市を襲ってくる状況がやがてやってきます。美しいかもしれないけれど、人がおらず、地域全体が国立公園化していくのです。しかも経済を支える大都市部も超高齢化してきます。そのことだけは確実に予想できることです。
この厳しい予測をリアルに確認したい方は、国土交通省の次の資料に、人口密度の変化を図示したものがあります。日本の多くの地域で1平方Kmに10人未満しかいない過疎地がどんどん増えてくるのです。
人口減少下の人口分布の現状と展望について(PDF資料)

それに歯止めをかけるためには、それぞれの地域の国際競争力をつけ、世界から資本や人を吸収して新しい流れをつくりだしていくことが求められていると思います。成長エンジンを見出していない今のままで日本はもたない、それが多くの人びとの不安となってきているわけで、ほんとうに流れを変える大胆な政策がでるかどうかを見守りたいと思います。