書評『少女時代と日本の音楽生態系』を読んでみる --- 中村 伊知哉

アゴラ


少女時代と日本の音楽生態系 (日経プレミアシリーズ)

三浦文夫さん著「少女時代と日本の音楽生態系」。
電通から大学に転じたradiko生みの親が綴る音楽文化産業論。
コイツは、スゴい本だよ。コンテンツ論の必読教科書にランクインさせます。
韓国のコンテンツビジネスの構造と、日本のポップミュージックの産業文化を並行して語る。特に後段、日本のポップミュージックの歴史、性格、産業構造を掘り下げる。ずっと音楽産業に携わり、自らミュージシャンとして活動してきた三浦教授だから、多様性に富む生態系をひもとくことができるわけです。それをデジタル論でヨコ串にする。2、3冊に分けてほしかったな。とりあえず書き込みで本が真っ黒になっちゃったのでもう一冊買うことにしました。


グルーブを出すため二拍目と四拍目のスネアドラムを数ミリセカンド遅らす「後ノリ感覚」を少女時代が持ち、この体得は武道の奥義の習得に似るという指摘。うはは。これは、長いバンド経験がないと書けませんなぁ。「タメ」を巡り、躍起になり、修練し、いがみ合うのです。バンドは。

ローランドやAKAIの生み出したシーケンサーやリズムマシンやサンプラーも紹介されています。全くもって微笑みを禁じ得ません。リアルタイムに使った人だけが今も抱く音楽職人への愛情。てゆーか、三浦さん以外に書かないでしょ。この本の流れでこんな機械の紹介なんて。

宮沢和史、ZELDA、喜納晶吉、小野リサなどに次いで由紀さおり「一九六九」をプロデュースした佐藤剛さん、ラルクアンシエルをプロデュースする音楽制作者連盟大石征裕理事長、アミューズの大里洋吉会長と三浦さんのやりとりも興味深い。リアリティーと熱がありますよね、音楽業界人は。ラルクアンシエルが日本人アーティストとして初めてマディソンスクエアガーデンで単独公演を行った話も登場します。そのfacebookとライブビューイングの戦略は有望なビジネスアプローチです。

ザ・ピーナッツ、松武秀樹、ラモーンズ、スペースシャワー、ヴィジュアル系、スポティファイ、初音ミク、LINE・・それだけで数時間話せそうなネタが他にもゴロゴロ。本をテキストに、話を広げたいです。

さて、ビジネス論。

2011年の日本のレコードCD市場は世界一で、韓国の14倍。だが音楽ソフト総生産額は1998年の半分以下に、との指摘。パッケージの落ち込みに対し、ネットがそれを埋めきれないでいます。

その中に、一人あたりの年間音楽ソフト支出は日本は世界一の32.3ドルで、韓国の約8倍というデータがありました。これは知りませんでした。逆に日本はなぜそんなに音楽にお金を払う文化が根付いたんでしょう?

かつ、日本の音楽ネット配信は流通経費の率が韓国の半分ぐらいだといいます。通信会社の手数料が低いうえ、レコチョクが株主であるレコード会社=原盤供給者への配分を高くしているからという分析です。なるほど。このあたりに打開のヒントが隠れていそうです。

一方、韓国政府は2011年にコンテンツ産業のGDP比率を2.7%から6年で5%まで引き上げるとし、コンテンツ振興院はKPOP海外展開事業の50%を補助するといいます。日本政府もコンテンツの海外展開に力を入れている最中ですが、小手先ではダメ。本気の対応が求められます。
 
これに対し、違法ダウンロード罰則化への言及もあります。「新しい音楽に触れる機会も減り、結果としてマーケットがさらに縮小する」との危惧、共有します。少女時代らがYouTubeに高画質ビデオをアップしているように、合法のよりよいサービスを提供するほうが効果的でしょう。

そのサービスの事例。レコードとラジオが作った音楽生態系を再生する試み、radiko。三浦さんが作ったプロジェクトです。ぼくも理事として参加しました。今やそれが全国展開しているだけでなく、スマートテレビの動きや海外展開に波及し始めているのはお見事です。こうしたビジネス創出プロジェクトを推進するほうが著作権制度をいじるより生産的。政策論としても健康です。

三浦さんは日本のポップカルチャーの競争力を 1)デフォルメの感覚、2)傾(かぶ)く美意識、3)厳しい選別システムの3点に集約しています。だが、ビジネスプラットフォームの欠如も同時に指摘。どちらも同意します。日本は、創造力があるのに産業力がないんです。

そこで、グローバル展開のモデルとして、音制連、音事協、音楽出版社協会による「SYNC MUSIC JAPAN」を紹介してくれています。ぼくも携わってきたんですが、今年からは より主体的にこれに取り組みます。これは別途報告しますね。

ん、油断して読み進めていたら、少年ナイフの解説が現れました。ニルバーナのカート・コバーンがナイフのファンだったこと、マイクロソフトの世界CMに使用されたこと、デフォルメのポップであること。そのとおりでございます。

少年ナイフのくだりで ぼくも登場させられてしまいました。

しかも2008年にぼくが京都・磔磔でヴァンパイヤのベースを弾いたライブのことも書いてありました。そうだ思い出した、ライブ後、ホールで三浦さんと飲んだわ。
さて、ガッツリ読んだ。後ノリ感覚のベースの練習でもしようかな。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2013年2月28日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。