韓国は何故近くて遠い国なのか?

2013年03月04日 09:46

日本人と韓国人は見た目は全く変わらない。日本人ですら見分けがつかない位だから欧米人に取っては全く同じ様に見えて当然である。


私は1990年に中東駐在から帰国し、韓国を含むアジア市場を1995年まで担当した。

韓国出張は長くても月曜日に出発して金曜日には帰国する様な総じて短期であったが、多い年で年間30回、少ない年でも20回位の頻度だったと記憶している。

顧客の中には勤め先の会社がずっと以前から懇意にしている中堅財閥も幾つかあった。当然、会長(創業者)の跡継ぎを予定されているご長男の日本留学の面倒を見たりもする。

会長を表敬訪問するたびに「長男は元気にしていますか?」と質問されるので身元保証人を引き受けるのは当然として、御子息と定期的に会わない訳には行かない。

そして、御子息と話をして印象深かったのは下記やり取りである。

「山口さんはドイツに留学されたんですよね? 生活は楽しかったですか?」

私が、「楽しかったですよ」と答えると、「いやあ~、韓国人はダメですよ。自分が韓国人だと自己紹介すると急にがっかりした表情になって自分に対する興味を失う。日本人だと思ってアプローチして来たに違いないですよ!」。

私がドイツに留学したのはもう30年以上も前の話だし、御子息とこういう話をしたのも20年前だから状況は少しは変わったかも知れない。

しかしながら、韓国人が欧米で好意を持って受け入れられ、尊敬される日本人に対し、「尊敬」と「嫉妬」の入り混じった複雑な感情を持っている事は容易に想像される。

そして、日本人には到底理解出来ない韓国人の奇妙な発言や行動の背景にはきっとこの複雑な感情があると思うのである。

日本人も韓国人も見た目は同じで、箸を使ってご飯を食べる。どちらも酒を飲むのが大好きで、酒を酌み交わしながら、気の合った仲間とお喋りをするのが大好きだ。漢字も理解する。

従って、もう少し手を伸ばせば手が届き、握手出来そうに錯覚する訳だが結局手が届く事はない。きっと、永遠のすれ違いを日韓両国は繰り返すに違いない。

個人的な話で恐縮だが朴新大統領には深く失望した。

日本とのゆかりが深く、日本の協力を得て韓国を近代国家に導いた朴元大統領の御息女という事で、日韓関係の好転を期待したが、発表されたメッセージは「1,000年は日本を恨み続ける」という、何とも非生産的なものであった。

朴現大統領の任期の五年間に日韓関係が改善される可能性は低いと覚悟せざるを得ない。

私が韓国市場を担当した五年間に懇意になった韓国人の友人の多くから受けたアドバイスの一つが、「韓国は「恨」の文化だからこれに注意しなさいよ!」というものであった。

幸い、沢山の契約を成し遂げたが、運に恵まれ得意先に恨まれる様な事は結果なかった訳だが。

確かに、韓国人は思った通りうまく行かなかった時にこういう精神状態に陥る様である。

自分は悪くない!

自分は可愛そうな被害者である!

自分をこういう状況にしたXXXが悪い! 1,000年はXXXを恨み呪ってやる!

要は、自分に降りかかった状況を決して受け入れる事なく、徹底して抵抗し、「恨み」といった負のエネルギーをバネに生きて行く訳である。

翻って、日本人はどうであろう?

私は、「諦念」といっても良いかも知れないが、「もののあわれ」と「諸行無常」が日本人の精神に深く根ざしていると思う。

第二次世界大戦で、連合国に完膚なきまでに叩きのめされ植民地の全てを失った。広島、長崎には原爆が投下され国土は焦土と化した。

しかしながら、当時の日本人は誰かを恨む事なく、自分達の状況に真正面から向き合い、真摯に受け入れた。そして、最善と思われる道を模索し全速で駆け抜けた。

そして、敗戦からたった20年後には世界のどの国も成し得なかった新幹線という夢の超特急電車を走らせ、オリンピックを開催するまでに漕ぎ着けたのである。

勿論、この偉業に世界は拍手喝采した。これが、冒頭書いた会長子息の体験談の背景でもあり、韓国人の対日コンプレックスの根幹にある。

長々と書いたが結論をいわねばならない。

日本人と韓国人は見た目も、生活習慣も良く似ている。

しかしながら、中身は全くの別物である。

従って、相互理解はほぼ不可能と思った方が良い。アラブ人、イスラム教徒と対面する時と同じ緊張感をもって接するべきなのである。

山口 巌 ファーイーストコンサルティングファーム代表取締役

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