ギリシャ国民が「ユーロ圏離脱」の可能性を排除する為に「緊縮財政」を受け入れたのに対し、イタリアの今回の総選挙の結果は将来に不確定性を残した。しかし、後述する理由で、私はさして心配はしていない。それよりも、私はコメディアンのベッペ・グニッロ氏が率いる「五つ星運動」が上下院共に17%を超える数の当選者を出した事に注目している。
政権党の中道左派は、特殊な選挙制度のおかげで下院では勝利したものの、上院ではベルルスコーニ氏の中道右派に追い上げられ、過半数をとれなかった。何故こういうことが起きたのかは単純明快で、ベルルスコーニ氏が、国民の多くが大きな不満を持っていた高額の「住居税」を廃止し、既に支払われた住居税相当分を現金で納税者に還付すると宣言したからだ。これぞ「究極のバラマキ」だが、余程ベルルスコーニ氏が嫌いでなければ、ずばり現金が還付されてくるという話に魅力を感じる選挙民は少なくはないだろう。
中道左派から政権を委ねられた「不偏不党の実務者(経済学者)」であるモンティ前首相は、なり振り構わず財政再建一本に取り組み、欧州各国のリーダー達からは万全の信頼をかち得ていたが、惜しむらくは国内政治の感覚に欠けていた。手っ取り早く結果が出る「医療費、教育費などの削減」や「住居税に焦点を絞った増税」を拙速に行う一方で、国民が強く望んでいる「腐敗の一掃」や「政治改革」には手を付けなかった。
ここで高まった国民の不満は、大手テレビ局の全てを握るベルルスコーニ氏に大いに利用される一方で、別な形でこの不満の大きな「受け皿」になったのが「五つ星運動」だ。ネットを駆使して、これまでは政治不信を募らせながらも選挙は棄権していた若者達を投票所に向かわせ、これが今回の大量得票に結びついたものと思われる。
党首のグニッロ氏はコメディアンだから、日本人の多くは「お笑い」タレント出身の日本の政治家と重ね合わせて彼を見るだろうが、ニュアンスは少し違うようだ。本職の「お笑い」も「政治批判を中心にした風刺漫談」の様なものだと聞く。選挙演説を聞く限りでは、過激で扇動的に過ぎる印象を受けたが、「五つ星運動」自体は、結構歴史が長く、地方政治では着実に実績を挙げている。
「五つ星運動」発祥の地はジェノヴァで、ここは伝統的に左派の基盤が強い所だ。運動に参加しているのは主として若い人で、「腐敗の一掃」と「反公害」「環境保全」が政策の中枢をなしてきた。
党首のグニッロ氏は、自らは議員にもならず、公職にも就かず、あくまでスポークスマンに徹しているが、その過激な発言とは裏腹に、結構現実的な面も持っているようだ。「自分達は、市政などでは実績もあるし、うまくやって行く自信はあるが、まだ国政を担う準備は出来ていない」という率直な発言もあると聞く。
ともかく下院での過半数は確保し、組閣に取り組もうとしている中道左派は、ベルルスコーニ氏からの大連立の申し入れは一蹴し、「五つ星運動」に連立を申し入れたようだ。(ベルルスコーニ氏の「住居税還付」の公約は中道左派にとっては受け入れられるべくもないだろうし、ベルルスコーニ氏自身にも、既に議員買収の疑いで検察の手が伸びているとの事だから、これは当然だろう。)
しかし、「五つ星運動」のグニッロ氏は、中道左派からの打診を断って、「我々は、あくまで野党として、それぞれの政策について是々非々で対応する」と答えた由である。うーむ。この対応は分からないでもないが、これに対しては、党員の中からも「無責任」という批判があり、Twitter等では「真面目にやれ」という罵声も飛んでいるようだ。
「風刺漫談」で受けているグニッロ氏にすれば、政権与党になってしまえば最早「風刺」は出来なくなるのだから、それは困るだろう。それ以上に、6四半期連続のマイナス成長で、失業率も11.2%から一向に改善しない今のイタリア経済をどう立て直すかについては、残念ながら何のアイデアも持っていないのが実情だろう。だから、彼自身は政権からは離れていたいのが本音である事は容易に想像できる。しかし、「それでは政党とは言えない」と考えて反発する真面目な党員も数多くいる筈だ。
「このままではイタリア経済は6ヶ月で破綻する」ということはグニッロ氏自身も言明している事だ。このまま政局が膠着して何も手が打てなければ、これは現実になる。イタリア国債が暴騰してイタリア経済が破綻すれば、これはギリシャ危機の比ではなく、ユーロ圏は本当に崩壊する。(そうなると円も再び暴騰する。)そして、現状では、グニッロ氏と「五つ星運動」の支持者達が、この命運を握っていると言っても過言ではあるまい。
さて、この事から日本の政治が学ぶべき事は何だろうか?
日本とイタリアでは状況は全く異なる。日本経済にも、国債の暴落による経済破綻の可能性はないとは言えないが、これはあるとしてもずっと将来の事であり、イタリアのように目前に迫ったものではない。国民レベルでの膨大な貯蓄がある事や、国際収支の好転につながる可能性を秘めた「勤勉な国民性」や「工業生産技術の蓄積」という大きな資産を持つ事も、イタリアとは異なる。しかし、長年にわたり政治にリーダーシップが欠如していて、国民の政治不信が募っているという点では、両国は共通している。
真面目に財政再建に取り組もうとはしてくれたものの、国民の心が読めず選挙に惨敗した野田前首相には、イタリアのモンティ前首相と相通じるものが若干あるのかもしれないが、野に降りた民主党には、その野田前首相をわざわざ除名にせよという人達もいるらしく、もはや政党の態をなしていない。
一方、日本にも「人気取りのバラマキ」や「汚職・腐敗」はあるが、イタリアの様に徹底したものではない。安倍首相の政策には、「財政出動」が度の過ぎたものにならない限りは、当面特に大きな危惧はなく、「金融緩和」は実際にはあまり役には立たないものだったとしても、その掛け声だけで「円安株高」がもたらされたのだから、国民の受けは先ずは上々だ。
安倍首相は元々人間的には良い人だし、かつての失敗と長年の雌伏期間から学んだものも多かったと見えて、当面は隙がない。民主党が混乱から抜け出せていない事も幸いして、夏の参院選は、あまり苦労せずとも、恐らく勝利出来るだろう。しかし、問題はその後の事だ。
野党に力がなく、夏の参院選でまたまた自民党が圧勝すると、国会のねじれ現象がなくなって「実行力」を持った長期政権が出来る希望が生まれる一方で、政権党がやりたい放題をするリスクも生まれる。外に有力な対抗勢力がなくなった自民党内部で派閥闘争が生じ、再び金権政治が復活する恐れもないとは言えない。こうなると「財政再建」などの苦い薬は後送りとなり、それぞれの派閥が自らの後ろ盾となる圧力団体などに媚を売る「既得権擁護政策」が再び大手を振って闊歩する事にもなりかねない。
そのような事態を避ける為には、先ずは健全な野党が生まれる必要がある。
先ずは民主党だが、最早「政権への復帰」は夢のまた夢なのだから、そんな事は潔く諦めて、政策ごとに是々非々で自民党を牽制出来る「健全野党」を目指すべきだ。その為には「政策が異なった幾つもの集団が何となく一つの政党を形成している」という現在の異常な状態を解消して、幾つかの政党に自ら分裂すべきだ。その上で、こうして生まれた幾つかの集団が選挙協力の為に提携すれば良い。
いや、そうなれば、いっその事、「維新の会」や「みんなの党」も交えての広範囲な選挙協力にすれば良い。「選挙協力」は手段であって目的ではない筈だから、政策の違いを調整する必要はない。唯ひたすら「自公に圧勝させない」事だけを目的として協力すればよいだけだ。(現状を見ると、そうでもしないと「自公圧勝」は避けられないだろう。)
「みんなの党」は、残念ながらモメンタムを失ってしまった感がある。結党当初は「脱官僚」が目玉だったが、そのお株は民主党に奪われてしまった。しかも、悪い事に、民主党は能力不足のままにこれをやり過ぎて多くの失敗を犯し、結果として「脱・脱官僚」の流れを作ってしまった。経済については、高橋洋一氏の受け売りに過ぎないような「かなり浅薄なリフレ論」だけが看板だったが、このお株も既に自民党に奪われてしまった。
さて、ここで、やはり最大の焦点は「維新の会」となる。橋下氏は、勝負を急ぎすぎて石原慎太郎氏と手を結び、何とも奇妙な政党を作ってしまったが、今度の参院選では初心に戻って自らを純化し、イタリアの「五つ星運動」を参考にして戦略を練るべきだ。
「五つ星運動」が、党首の過激な発言にも関わらず、良識派からもある程度の票を集められたのは、誰もが徹底してクリーンだったのと、地方政治で着実に実績を積み重ねてきたからだ。扇動的な演説で若者達の心を動かしたのも一つの側面ではあっただろうが、実績がなければあれだけの票はとれなかっただろう。
橋下氏も元々は大阪で地歩を築き、中央政治を地方から動かしていこうと志していた筈だったのだが、個人的な人気が急上昇し、その人気を「旬」のうちに利用しよういう誘惑に駆られて、勝負を急いだものと思われる。しかし、もうこういう考えは捨てるべきだ。論点を絞り、ネットを通じて政治不信に陥った若者達の心を動かす事に成功すれば、比例代表の方は何とかなるだろうし、小選挙区の方は多くを望まず、関西を中心に強い地盤を持った所だけで戦えばよい。
これまでにも何度も言ってきた事だが、橋下氏は、大阪府、大阪市で実績を作って、初めて政治家として幅広い層に認められる。大きな志を失わず、常に筋を通していく事こそが必要だ。国政においては、「政治改革(議員数削減など)」と「既得権の切り崩し」を最大の眼目として、政策ごとに是々非々で政権党を支えたり、牽制したりすれば良い。
橋下氏にとってはもう一つ良い事がある。今回の参院選で民主党の議席が減少すれば、橋下氏の当初からの主張の一つでもあった「憲法改正」への道程は先ずは定まるという事だ。防衛問題についてもあまり大きな心配はなくなる。だから、橋下氏としては、こういった問題にはもうあまり身体を張る必要はなく、自民党の弱点と思われる「既得権保護」(これがTPPについての曖昧な態度にもつながっている)等を、ひたすら攻撃の対象にすれば良いだけになり、将来の政治活動をより焦点の絞られたものにする事が出来るだろう。