対面販売原則は合憲か --- 岩瀬 大輔

アゴラ

今年1月11日に出た一般医薬品ネット販売に関する最高裁判決は、第一類・第二類医薬品について対面販売を定めた省令について

いずれも上記各医薬品に係る郵便等販売を一律に禁止することとなる限度において、新薬事法の趣旨に適合するものではなく、新薬事法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効というべきである。

と判断した。

では、薬事法を改正して、第一類・第二類医薬品について対面販売を義務付けることは憲法上認められるのだろうか。


今回の判決、及び過去の最高裁判例の趣旨から考えるに、これまで規制当局からは提示されていない、非対面販売であることによって副作用被害が拡大するという事実が立証できない限りは、難しいと考える。以下、検討する。

議論の前提

医薬品の安全性を確保するために各種の規制が必要なのは言うまでもない。この点、今回の判決も過去の判例を引用して次のように述べている。

薬事法が医薬品の製造、販売等について各種の規制を設けているのは、医薬品が国民の生命及び健康を保持する上での必需品であることから、医薬品の安全性を確保し、不良医薬品による国民の生命、健康に対する侵害を防止するためである(最高裁平成元年(オ)第1260号同7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600ページ参照)。

そして、この規制には高度な医学的判断が必要なことも、理解されている。

このような規制の具体化に当たっては、医薬品の安全性や有用性に関する厚生労働大臣の医学的ないし薬学的見地に相当程度依拠する必要があるところである。

さらに、これまでの検討の結果、厚生労働省内の意見としては「医薬品は対面販売が原則」という結論が出されているということは、分かっている。

なお、上記事実関係等からは、新薬事法の立案に当たった厚生労働省内では、医薬品の販売及び授与を対面によって行うべきであり、郵便等販売については慎重な対応が必要であるとの意見で一致していたことがうかがわれる。

ここまでの点を、繰り返す必要はない。

憲法22条1項、職業活動の自由

だが、しかし。

論点は、安全性を理由に、無制約に販売に対する制約を設けてはいけない、ということなのである。なぜなら、販売する側にも「職業活動の自由」なる憲法上の権利が存在するからである。最高裁判決も、この点を確認している。

憲法22条1項による保障は、狭義における職業選択の自由のみならず職業活動の自由をも包含しているものと解されるところ(最高裁昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照)、旧薬事法の下では違法とされていなかった郵便等販売に対する新たな規制は、郵便等販売をその事業の柱としてきた者の職業活動の自由を相当程度制約するものであることが明らかである。

もっとも大切なポイントは、この憲法上の権利に対して、どの程度までの規制が許されるか、ということなのである。この点、最高裁も、通信販売に対する規制は、相当に強い制約であると認識しているわけだ。

今回の最高裁判決は省令が法律の授権の趣旨を逸脱しているか、という議論だった。しかし、今後薬事法の改正も検討されるとなると、その法律に基づく規制の合憲性を意識しておく必要がある。

ある法律による規制が憲法上、認められるか否かについては、通説によれば、「二重の基準」が当てはまると考えられている(なお、最高裁がこの立場に立つかについては議論があるが、ここでは深入りしない)。それによると、今回のように「主として国民の生命及び健康に対する危険を防止する目的」(消極目的)で行われる規制については、

  1. 立法事実に基づき
  2. 規制の必要性・合理性が認められること
  3. より緩やかな規制手段では同じ目的が達成できないこと

という「厳格な合理性の基準」が適用されると考えられている。必要最小限の規制しか認められない、ということだ。

きれいごとをいわなければ……

ここで興味深いのは、中小業者保護などの社会経済政策として行われる規制(積極目的)については緩やかな審査基準が設けられ、立法府の広い裁量を認め、規制措置が著しく不合理であることの明白である場合に限って違憲と判断される、と考えられていることである。

この点、昭和50年の薬事法違憲判決について、憲法の大家である樋口陽一教授が興味深い解説を寄せている:

もし法律の趣旨が「不良医薬品の防止」などのきれいとごではなく、正直に「既存中小業者の保護」で説明できるような文言になっていたとしたら、違憲審査にあたっては、いちおうは積極目的の規制の類型の方に──したがって立法府の裁量範囲をより広く認めるものの方に──類別されなければならないことになろう。(「『職業の自由』とその制限をめぐって?薬事法違憲判決の論理」樋口陽一、判例タイムズ No.325より)

今回のネット販売に関する規制についても、「中小業者の保護のため、通信販売は制限する」という風に正面から言うのであれば、皮肉にも、より広く規制が認められることになる。これを(必ずしも科学的事実に裏付けられていないまま)「国民の安全」と主張し続けているところに、無理があると感じる(検討会で隣に座っている薬剤師会の副会長には、「実は、中小業者の保護のため、と言い切った方が、皆さんにとっては有利なんですよ」とささやいておいた)。

薬事法違憲判決から推定される議論の枠組み

このような厳格な合理性の基準(ないしそれに近い基準)が当てはまるとして「第一類・第二類医薬品については通信販売を一律禁止する」といった規制は許されるのだろうか。過去の最高裁判例に則るなら、難しいと考える。

まず、インターネット販売については「それ自体が独立した職業と位置付けられているものではない」という見解もある(第一審判決)。しかし、この点については薬事法違憲判決の下記の点を参照すると、妥当でない。

「設置場所の制限にとどまり、開業そのものが許されないこととなるものではない」規制について

薬局等を自己の職業として選択し、これを開業するにあたっては、経営上の採算のほか、諸般の生活上の条件を考慮し、事故の希望する開業場所を選択するのが通常であり、特定場所における開業の不能は開業そのものの断念にもつながりうる・・・実質的には職業選択の自由に対する大きな制約的効果を有する

と判示しているのだ。すると、通信販売という形態を選ぶことも、職業選択の自由に含まれると言えそうだ。

そして

「非対面で薬を販売 ⇒ 副作用被害が拡大する」

というロジックについては、

「競争の激化 ⇒ 経営の不安定 ⇒ 法規違反 ⇒ 不良医薬品の発生」

という趣旨に基づく規制を批判する薬事法違憲判決の以下が参考になろう。

確かに、観念上はそのような可能性を否定することができない。しかし、果たして実際上どの程度にこのような危険があるかは、必ずしも明らかにされていないのである。

競争の激化─経営の不安定─法規違反という因果関係に立つ不良医薬品の供給の危険が、薬局等の段階において、相当程度の規模で発生する可能性があるとすることは、単なる観念上の想定にすぎず、確実な根拠に基づく合理的な判断とは認めがたいといわなければならない。

この合理性の判断について、今回の最高裁判決も以下の点を示唆している:

政府部内においてすら、一般用医薬品の販売または授与の方法として安全面で郵便等販売が対面販売より劣るとの知見は確立されておらず、薬剤師が配置されていない事実に直接起因する一般医薬品の副作用等による事故も報告されていない

以上を総合するなら、「非対面で薬を販売すると副作用被害が拡大する」というロジックに基づく規制は、

  1. 厚生労働省以外の政府組織においてその認識が一致するくらいの「常識」となっており、
  2. 薬剤師がいないために生じた副作用の実態がデータとして報告されない限りは、違憲審査の「厳格な合理性の基準」に耐えられないと考えられる。


このような憲法論から考えれば、規制存続派が主張しているような「一類・二類医薬品については、通販による販売は禁止が前提」という点は認められない。

原則として通信販売も認めたうえで、対面でないことを考慮して、販売にあたってどのような情報提供を義務付けるか、という点に絞って議論がされるべきである。

検討会の事務局と座長におかれましては、今回の検討会がそもそも最高裁判決を受けて設置されたという事実を改めて認識した上で、上記のような論点整理を行った上で、今後の議論を進行させて欲しい。

もちろん、最高裁は具体的な事件について、必要最小限の範囲において違憲審査を行うだけであるから、今回をきっかけに薬事法を改正し、対面販売を義務付けることもできる。すると、もう一度ケンコーコムが訴訟を起こし、もう一度違憲判決が出る、という流れになろう。そんなことをやるのではなく、最高裁判例の趣旨をよく理解し、法律・省令を改正するにあたってはその意図をくんだものとするべきだ。

それが、最高裁判例と憲法が要請するところなのだから。


編集部より:このブログは岩瀬大輔氏の「生命保険 立ち上げ日誌」2013年3月18日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方は岩瀬氏の公式ブログをご覧ください。