知的財産戦略本部「知財ビジョン」その審議状況 --- 中村 伊知哉

アゴラ

現在、知財本部で「知財ビジョン」を策定しています。知財本部設立から10年。これまでの知財政策を検証しつつ、今後10年の新政策を考えるものです。

ぼくは座長なので、とりまとめに勢力を注ぎ、個人的な意見は最小限にとどめていますが、その最小限のコメントとして表明しているものを記しておきます(こうした政策論は、まとまってから結果報告することが常態ですが、知財戦略に関しては、そのプレゼンスを高めるための情報発信が必要とされていること、知財本部での議論はオープンになっていることから、途中の状況としてお示しするものです)。


まず、今後十年の知財政策を語るメッセージとして、日本にとっての知財の位置づけと、その政策の位置づけを語りたい。

資源も安価な労働力もない日本が、グローバルで連結した世界で自ら望む位置を占めるには、知財の生産と活用以外に道はないということ。知財の政策が全政策の中で最重要であるということをにじませたいところです。知財戦略は国防、教育と並ぶ国政の柱だと思いますし、産業政策の面でも、農政はおろか、工業・商業の政策よりも重要になっています。政府として名指しで他の政策領域を示すのは難しいとは思いますが、なんとかそういう迫力を示したいところです。
 
(追記:逆に、TPP交渉などを通じ、農家・農業を守るために知財を差し出すような、つまり過去を守るために未来を売るような事態は避けなければいけない。現時点で知財ビジョンを策定する意味があるのは、これからの食い扶持としての知財を、他の政策領域に比べて高く掲げる国家意志を示すことにあると考えます。
なお、ここで、農政も遺伝子情報や農作物データなど知財のかたまりであることに留意すべきです。農政における知財戦略と、農家・農業を守ることは別物です。それはコンテンツ産業についても同じ。コンテンツ政策における知財戦略と、コンテンツ業界を守ることは別。仮にコンテンツ業界が打撃を受けても、コンテンツの生産・流通・消費を高めるために制度を変えることだって戦略的にはあり得ますから。政策=業界対策という図式から卒業することがまずは求められるわけです。)

現在、政府が示した素案を元に議論が展開されています。

それがなかなか刺激的なものになっています。民主党政権から自民党に転換し、同時にメディアの激動を背景にして、コンテンツ政策も新ステージに大きく舵を切りそうです。コンテンツ政策の柱は、「デジタル・ネットワーク化」と「ソフトパワー」の2本。基盤整備と海外展開です。これはこれまでの路線の踏襲。舵を切りそうなのは前者の政策。デジタル・ネットワーク化対策の素案では、2点について重要な政策展開のメッセージが示されています。

1) 生態系変化:ユーザが作成するコンテンツ、公共・教育、ビッグデータ。
これがトップ項目に据えられていることです。
知財本部設立以来10年、コンテンツ政策は、エンタテイメントのビジネスを中心に考えられてきましたが、これからの10年は、国民全体の問題として捉えるというスタンスが明確になっているということ。
施策としても、「二次創作を含むコンテンツの創造と利用の促進」が掲げられています。
コンテンツ産業の拡大から、コンテンツ自体の創造・利用へという広がりが重要という視線です。
ぼくは90年代初めにコンテンツ政策に携わるようになってから、この点をことさら強調してきたのですが、20年たってやっとそれが政府本丸にたどりついたという気がしています。
日本の強みは、子どもも大人も映像や音楽を生み出す創造力。これを政策として拾い上げたい。
  
2) プライオリティの向上:資源配分の重点化と政策資源の充実。
これも施策としてはシンプルに一つですが、まさに強調したいことです。
コンテンツ政策、知財戦略が日本の政策に占める位置づけを高めることが重要。農業社会、工業社会から情報社会に移行というのは小学生でも話しますが、では政策の優先順位はというと、その逆だったりします。資源も安価な労働力もない日本は知恵で喰うしかなく、その政策が最重要だ、と言い切りたい。

二つ目の柱である「ソフトパワー」について、取り組むべき施策として「総合的な推進体制」とあります。内閣官房・知財本部の立場としては、省庁再編を臭わす文言はぎりぎりアウトというところでしょう。でも、ぼくは知財政策ないしコンテンツ政策の観点からの省庁再編を考えるタイミングと見ています。

政府からのお叱りを覚悟で、日本は「文化省」を作るのがよいと常々申し上げているところです。コンテンツ、ITなどの政策を司る強力な大臣を置く。それが最も国の姿勢を示すことになると思います。

韓国は新政権でIT政策や科学技術を統括する「未来創造科学省」を置くことにしました。国民を何で食べさせるかが端的に表れます。見習う部分がありますよ。

さて、知財ビジョンは今月(2013年4月)内にとりまとめたいというのが政府の意向。それまでの間、民間委員や関係省庁との間で攻防が繰り広げられ、前進と後退のラインを行き来しますが、命を取られる政策ではないんで、被弾を恐れず突撃ラッパを鳴らし続けたいと思います。進むべき前線を間違っていたらご指摘いただくとともに、死んだら誰か骨ひろってちょ。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2013年4月12日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。