書評:『医療にたかるな』:日本再生の貴重なヒント --- 城 繁幸

アゴラ


医療にたかるな (新潮新書)

筆者は読書の際に、興味深い個所にはポストイットを貼っていく習慣があるが、本書はたちまちポストイットだらけになって、とうとう貼るのを諦めた。それくらい刺激的で面白い。

夕張と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。財政破綻、羽柴誠三秀吉、旧・炭鉱の町……


人によって思い浮かぶイメージは様々だろうが、なんとなく「財政破綻した可哀想な町」くらいに考えているのではないか。だが本書を読めばそのイメージは180度変わるはず。夕張が財政破綻したのは住民自身の責任であり、他の誰のせいでもない。民主主義なのだからよく考えれば当たり前のことなのだが、ともすれば忘れがちなその事実を、本書は我々にこれでもかというくらいに突きつける。

著者は事実上崩壊した夕張市立総合病院を引き継いで診療所として再生させるために乗り込んだ助っ人医師だ。助っ人なのだからみんなに歓迎されるかといえばそうではない。町が望んでいるのは、改革ではなく、あくまでも現状維持をしてくれる人間だ。かくして、著者の“たった一人の戦争”は火ぶたを切る。

vs市民

彼らが望んでいるのは、薬をじゃんじゃん処方してくれて、年末年始はお婆ちゃんを病院で預かってくれ、迎えに救急車を出してくれる病院だ。ちなみに、著者はかつて同じ北海道の別の町で予防医療に尽力し、高齢者一人当たりの医療費を半減させた実績がある。夕張でも同じスタイルを踏襲しようとするが、これまでの医者と違って生活習慣を口うるさく説教する医者は、市民から煙たがられることになる。

ちなみに、医療機関利用者以外の市民もひどい。かつて住宅費や医療費、光熱費、入浴料や映画館入場料などを自己負担にすると言われた時、多くの住民が反対したという(昔、炭鉱が栄えていた時は無料だった名残)。今にいたるまでそのカルチャーは残存していて、たとえば市営住宅の家賃の未納率は42.5%に上るという。

vs政治

市議も市議で、そういう住人の空気を読むや、すかさず「もっと住民の声を聞くべきだ」という、やる気の無い人がサボタージュ時に使う代名詞的セリフを乱発してなかなか指定管理者の決定を出そうとしない。

【以下、本文より】
私は「皆の意見をよく聞いて……」などと言っている謙虚な政治家は一生かかっても現状を変えることは出来ないと考えています。なぜなら、そのような軽々しいセリフを使う政治家は、自分で責任を取ってでも決断しようという覚悟がないからです。悪く言えば、決断を「民意」に丸投げしているだけです。

vs労働組合

そして、著者が最大の字数を割いて批判するのは、やはり労働組合である。「住民を守るため」という旗の名の下に、夕張で何が起こったのか、端的に引用しておこう。

・市役所職員の平均が人口千人あたり7.8人であるのに対し、夕張には29人もいた。
・病院の事務員として、市役所は定年間際のモチベーションゼロの人間を派遣。
 退職金を病院会計に負担させて市役所の見かけ上の人件費を抑えるため。

・しかも破綻後に病院のプロパーだけ真っ先に解雇
・破綻後に効率化を達成して国から地域医療再生臨時特別交付金を年8000万円
(5年限定)支給されたが、なぜか市職員の退職金に持っていかれた。

・破綻後の4年間、市の総務課長を務めたのは、かつての労組トップ。
 労使というポジション変わってもやってることは“既得権死守”

【以下、本文より】
権利だけを主張して、社会に対する責任を考えない組合運動など、百害あって一利なしです。日本は世界第三位の経済大国であって、蟹工船の時代はとっくに過ぎています。それなのに、彼らはいまだに時代遅れの組合運動をやって、どんどん日本を駄目にしています。

特に北海道は社会党がはびこっていたおかげで、労働組合があちこちで税金にたかる構造になっています。彼らは自分たちが納税者、とりわけ若い世代やこれから生まれてくる世代を搾取していることに対して、良心の呵責を感じないのでしょうか。

こうしてみると、夕張の破綻というのは、住民と行政、労組が一体となった壮大なたかり装置が壮大に大コケしただけだというのがよくわかる。

著者の基本スタンスは明快で、市民一人一人が自立した個人として行動するというもの。たとえば、上記のように予防医療が医療費節約にはとても合理的だと書いたが、そのために必要なのは薬の量や設備ではなく、市民一人一人の意識である。同じことはすべての行政サービスについても言えるだろう。

別の自治体で出来たことが他の自治体で出来ないはずはないし、医療で出来たのならその他の分野でも可能なはず。そう考えると、本書は日本再生にとってもとても有益なヒントとなるかもしれない。

ところで、政府は義務教育課程における道徳教育の強化を図る方針のようだが、個人的には、本書のような読みやすい入門書を一冊読んだ上で、地域の課題についてディスカッションするような時間があってもいいと思う。地域の置かれた課題を理解し、話し合うことで、早くから自立した市民としての意識付けを行うことになる。

それはまた、若い世代の投票率の底上げにもつながるはずだ。


編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2013年4月17日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった城氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。