ポップカルチャー政策は必要なのか? --- 中村 伊知哉

2013年04月18日 11:15

●クールジャパンは海外発
コンテンツが一つの政策ジャンルになって20年近く。ここにきて政府は一段と高いギアに入れ、クールジャパンやポップカルチャーを前面に打ち出しました。


でも、ポップカルチャー政策を話題にすると、中味も聞かず、「そんなの国のやることかよ!」という声が必ず飛び交います。マンガ、アニメ、ゲームの海外人気が認知されたとはいえ、未だサブカル扱いで、政策の俎上に乗せようとすると冷たい視線を浴びます。

クールジャパンは10年前にダグラス・マッグレイ氏が記した論文「Japan’s Gross National Cool」がキッカケですし、ソフトパワーを提唱したジョゼフ・ナイ ハーバード大教授が日本はポップカルチャーの力を活かすべきと提言するなど、この流れは日本が自己評価して進めたというより、海外からの発見が先行したもの。国内的には及び腰。

なかなか話がかみあわない。ぼくも政策に関与して20年ほど、じれったさを感じてきました。今回、ポップカルチャー政策の議論に参加してみると、やはりあちこちからタマが飛び、あちこち被弾して今にも倒れそうですが、改めて、整理してみます。

●ポップカルチャー政策の根拠
ポップカルチャー政策はなぜ必要か。

まずは経済政策として。アニメにしろ音楽にしろ、人気コンテンツはビジネスになります。それだけなら放っておけばいい。ターゲティングポリシーはとうに卒業したはず。

ただ、それによって得られた日本に対する好感度や憧れといった波及効果、経済学でいう外部効果はビジネス上はカウントされない。コンテンツ生産量は社会経済的にあり得べき量より過小となる。これを政策的に高める。

したがって、経済政策的には、コンテンツ産業自体の売り上げを伸ばすというより、コンテンツを触媒として、家電や食品や観光などを含む産業全体が伸びることが狙いとなります。
(これまでもコンテンツ産業の拡大が政策目標にされたことがありましたが、ぼくは反対でした。産業の数値を目標にするならGDPの拡大でしょう。)

もう一つは、文化外交として。ナイ教授のいうソフトパワー、つまり文化の魅力で他国を引きつける国際関係論です。先ごろ日中関係が揺れていた最中に北京大学の博士課程の学生たち数十名にメディア政策について講義をしてきたのですが、その際、連中からは日本ポップカルチャーの動向に質問が集中しました。スキなのですよ。ナルトやワンピースは、戦争を抑止するほどの力を持っていないとしても、ケンカを止める対話のキッカケぐらいにはなるでしょう。

なお、この評価指標がまだできていないのが課題。かつてスタンフォード日本センターで、GDPP(ポップパワー指数)を開発するプロジェクトを企画したものの、スポンサーが見つからず、うまく立ち上がりませんでした。

●ポップを生み続けるメカニズムが政策のコア
これを支援する政策に対しては、マンガ・アニメ・ゲームはオカミと闘いながら民間だけで成長してきた、ヘタに手を出すな、との強い意見があります。民間だけで成長してきたのは、そのとおりです。

しかもそれら文化は昨今とつぜん立ち現れたものではなくて、1000年以上の時間の中で、庶民文化として、みんなが創造力を発揮することでできあがってきたもの。社会構造やインフラを含む「総合力」が生み、育てたものです。

ネットやケータイでも日本はかなりポップで多様なジャンルを築いていますが、それも同様。これからも新しいメディア技術が登場するたびに、その総合力を活かしてポップな文化を生んでくれることを期待したい。

そこには手を打つべき問題もあると思うんです。

まず、そんな現状ポジションを日本は活かせていないのではないか。経済的にはコンテンツは成長産業どころか縮小傾向にあり、アニメの制作現場の悲惨さは笑えないギャグネタです。政治的にも活用できていない。海外の若い世代にとって日本はソニーやトヨタよりもピカチュウやドラえもんですが、そのソフトパワーを外交に活かせてはいません。

そして、現状のポジションがキープできるかどうかもおぼつかない。ポップカルチャーは定義上、流行文化であり、うつろうのが本質。今日のポップが明日のポップである保障はなく、別のポップや外国のポップに置き換えられることを覚悟せねばなりません。では、日本が永続的にポップを生み、育て続けるメカニズムはあるのか。あるとは言えません。政策が第一に考えるべきは、そのメカニズムとなる土壌を豊かにすることだと思います。
(これは今回の短期型のポップカルチャー分科会ではなく、より中長期に関する知財計画の中で考えるべきテーマです。)

●参加型の政策を
コンテンツ政策への風当たりは、特に「予算」に向けられることが多い。「血税を使うな」と。業界に補助金を与えることで、間違ったところにカネが流れ、ダメやヤツを温存してしまう、といった批判です。ぼくも産業保護には反対で、業界対策の予算にはナーバスです。

支援措置として発動するなら、アナウンス(旗振り)、規制緩和(電波開放や著作権特区)、減税。それで民間の自主的行動にインセンティブを与えることではないかと。

でも、インフラ整備(デジタル環境)や人材育成(教育)にはカネかけていい。道路予算(今は減りましたが、少し前まで10兆円ほどありました)の1割を文化と教育に回せれば、たちどころに変わります。地方高速道の車線を増やすより、知財の生産力を高める政策に重点投資してもバチは当たりますまい。

20年前、IT政策の予算が強化され始めたころ、「道路より通信網」の主張は、ある程度通じました。日本をブロードバンド大国にした一要因です。でも、コンテンツ政策はそうならないんですよね。ポップカルチャー政策を強化しようと言うと、ポップ好きの人たちからバーカと言われる。それじゃ強化されませんよね。

それは、予算にしろ規制緩和にしろ、どこにどう政策資源を配分するかの「目利き」が国民やファンから信頼されていないせいもあるんでしょう。コンテンツのよしあしを政治家や官僚が判断できっこないだろう。ごもっとも。審議会のような権威の集まりというのも白眼視されがち。「みんな」が作り上げるポップカルチャーは、「みんな」が考えるのがいいんですよね。ネット選挙なのか何なのか、その手段はぼくにはわかりませんけど、参加型の政策が求められているんだと思います。

さもなくば、王様や大統領が独裁で決める。
 
20年前、政府にコンテンツ政策を打ち立てようと企てた「メディア・ソフト研究会」に招いた三枝成彰委員が発言したことを今も覚えています。「こういう政策は、本気で100年やり続けるか、何もやらないか、どちらかだ。」

ポップカルチャー?政府は何もするな。

そういう声、よく聞きます。常に傾聴しております。

でもぼくは、「政府は本気で100年やり続けろ。」と言いたい。

みなさん、どっちですか。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2013年4月18日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。

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