アメリカ人はキリスト教徒でセックスを罪ととらえている --- 島田 裕巳

アゴラ

2011年にアメリカの調査機関ギャラップが行った調査では、アメリカ人の92パーセントが神を信じていると回答した。日本の調査では、神を信じているかどうかではなく、宗教を信じているかどうかが問われることがほとんどだが、最近では、信じていると答える人の割合は3割を下回っている。


アメリカ社会では、ほとんどの人間が神を信じていることになる。同じギャラップの1967年の調査では、神を信じていると答えた割合は、なんと98パーセントにまで達していた。半世紀で6パーセント低下したことになるが、92パーセントでも日本人には考えられない高率である。

キリスト教はユダヤ教から発した宗教で、多くのものをユダヤ教から引き継いだ。旧約聖書は、もともとはユダヤ教の聖典である。イエス・キリストやその弟子、さらには初期の信者は皆ユダヤ人だった。

しかし、ユダヤ教と比較したときのキリスト教の特徴は、セックスに対するとらえ方の違いに示されている。簡単に言ってしまえば、キリスト教ではセックスを罪としてとらえる見方が強いのだ。

旧約聖書の冒頭にある「創世記」には、永遠の楽園である「エデンの園」にいた人類の祖、アダムとイブが蛇に誘惑されて、神によって禁じられた「善悪の知識の樹」からとった実を食べてしまう話が出てくる。それで二人は、裸でいることを恥ずかしく感じるようになり、そこで戒めを破ったことが神に知られ、楽園を追放される。

この物語では、神の教えを守れない人間の愚かさが強調されるが、キリスト教では、誘惑した蛇が悪魔としてとらえられ、その誘惑は性的なものとして解釈された。つまり、悪魔に誘惑された人類の祖は、神から禁じられたセックスに及んでしまったというわけだ。そこから、「原罪」の観念が強調されるようになり、キリスト教は性に対して極めて禁欲的な宗教になっていった。ユダヤ教には、基本的にこの原罪の考え方はない。

キリスト教が禁欲を重視する点は、聖職者のあり方に反映されている。キリスト教のカトリックでは、聖職者には生涯独身であることの誓いが求められる。妻帯する聖職者はいない。修道士、修道女も、生涯禁欲を守ることを求められる。

さらに聖職者だけではなく、一般の信徒に対しても、性の快楽を追求することは否定され、子どもを生むことに結びつかない性行為は慎むべきだという考え方が強い。そのため、人口妊娠中絶に対しては否定的で、新しいローマ法王も、5月12日、サンピエトロ広場に集まった信徒の前で中絶を禁止する法案の制定を求めている市民団体に対する支持を表明した。

アメリカでは、共和党の支持母体になっている保守的なキリスト教徒、福音派や原理主義と呼ばれる人たちも、妊娠中絶に対しては強い反対の意志を示してきた。神が「生めよ、ふえよ、地に満ちよ」と言っている以上、その教えに従わなければならないというわけである。

日本でも、以前は生長の家などの宗教団体の支持を得た右派の政治勢力が、中絶反対の運動を展開したこともある。しかし、全体に中絶に対しては寛容で、かなり件数は減ってきたものの、今でも年間20万件を超えている。昭和30年代では、100万件を超えていた。

日本人が親しんできた仏教でも、基本的な戒律である「五戒」のなかには、「不邪淫戒」があり、邪な欲望を抱く、たとえば不倫などは戒められている。出家した僧侶の場合には、性行為を慎む「清僧」であることが求められてきた。

ただ、日本の仏教は「在家仏教」の傾向が強く、世俗の社会に生活するなかで仏道を実践することを評価するため、明治以降は僧侶でも妻帯が許されるようになった。浄土真宗などの場合には、開祖親鸞が自ら妻帯しており、その伝統が今日にまで受け継がれてきている。

仏教と並ぶ日本人の宗教である神道でも、性に対する戒めはない。神主が祭を行う際には精進潔斎が求められるが、神主も基本的に俗人であり、普段の生活では禁欲を求められない。

日本では、宗教的にこういった伝統があるために、セックスを罪としてとらえる観点がほとんど欠けており、だからこそ風俗に対しても寛容である。ところが、アメリカでは、日本の風俗にあたるものはないし、売春に対しては厳しい目が向けられてきた。

アメリカのほうがセックスに対して解放的というイメージが日本人のなかにあるかもしれないが、それは、キリスト教の信仰が弱い西海岸や一時のヒッピー文化の影響だろう。ほとんどのアメリカ人は、セックスに対しては保守的であり、抑圧があるために、かえって想像を絶するような性犯罪が起きたりするのである。

前回は、日本人がイスラム教を誤解していることについて書いた。キリスト教の方が、日本人にとってはなじみがあるはずだが、その本質はやはり十分には理解されていないように思われる。

島田 裕巳
宗教学者、作家、NPO法人「葬送の自由をすすめる会」会長
島田裕巳公式HP