100年安心なはずなのに、なぜ年金の支給開始年齢引上げ? --- 鈴木 亘

2013年06月06日 19:26

すっかり、アベノミックス成長戦略の第三「不発」弾に世間の耳目をさらわれてしまった感があるが、先週から今週にかけ、公的年金に関して、かなり重大な決定が2つ、粛々と行われようとしている。

一つは、社会保障制度国民会議であり、年金の支給開始年齢を67~68歳に引き上げることで、有識者委員の意見が一致したと言うことである。


もともと、わが国の年金は60歳から支給されてきたが、財政状況が厳しいことから、既に65歳に引き上げることが決まっている。現在、男性の場合は、2013年度から25年度にかけて段階的に支給開始年齢が引き上げられている途中にある(女性は5年遅れなので30年度に引上げ終了)。

また、物価上昇時に、年金額の給付カットをする仕組みである「マクロ経済スライド」についても、早期に発動すべきだとの認識で委員の意見が一致したとのことである。さらに、このマクロ経済スライドを、デフレ下でも適用できるように見直しを検討すべきだとの意見も一定の指示を集めたということである。

これまで何度もこのブログで指摘してきたように、現在、公的年金の積立金は厚労省の財政計画をはるかに上回るスピードで取り崩されており、100年安心どころか、30年安心も危うい状況にある。もっとも、今年度はアベノミックスで株価が上がり、積立金の運用益が10兆円程増加する見込みだそうであり、それは大変結構なことである。

しかしながら、少子高齢化進行によって、現在、保険料収入や税金投入額よりもはるかに上回る年金給付を行っていることから、構造的な問題として、年間6~7兆円の規模で積立金が取り崩されている。いくら株式市場が回復しても、原資が急速に取り崩されてゆく状況では、「ばくちの元手」が少なくなってくるから、挽回の余地は限られる。

つまり、アベノミックスで年金財政が救われる余地は、実はあまり大きくは無いのである。その意味で、支給開始年齢やマクロ経済スライドの強化による「給付カット」で、財政を構造的に立て直す必要があることは当たり前である。世間の風当たりは強いだろうが、支給開始年齢引上げも、マクロ経済スライドの早期発動、デフレ下発動も、早急に行わなければなない改革であることは言うまでもない。

ただ、釈然としないのは、日本総研の西沢和彦氏を除いて、この社会保障国民会議の年金関係の委員達は皆、現在の年金制度の財政状況は問題がなく、国民は安心すべきであり、大きな改革は必要ないという立場を表明している人々であることである。彼らは、支給開始年齢引上げやマクロ経済スライドの変更は、国民にとって、大きな改革では無いとでも言うつもりなのであろうか? 

また、自公政権自体も、厚労省の見解の上に胡坐をかいて、「年金は100年安心であり、現在の年金制度を変える必要は全くない」と言ってはばからないのである。なんと安倍総理自体も、5月10日の衆院本会議で、「現在の制度は、おおむね100年間で収支が均衡するように設計されている」と明言したところなのである。

その舌の根も乾かぬうちに、国民会議が、支給開始年齢引上げのような大きな痛みを伴う改革を提言するというのは、一体どういうことなのだろう。「100年安心なの?、それともやっぱり年金はヤバイの?」というのが、国民の正直な疑問であろう。しかも、65歳への支給開始年齢引上げがやっと始まった時点で、もう次の引上げが議論されているというのも、きわめて異様である。67~68歳で終わるとは到底思えず、70歳、75歳ぐらいまで行くのではないかと不安に思う国民もさぞ多いことであろう。

そう。実は国民は、正直な年金財政の姿を、政府から全く知らされていないのである。国民会議が、支給開始年齢引き上げという大きな改革を提言するのであれば、まず、「なぜ、そのような大きな改革が必要なのか」、年金財政の正直な姿を国民に示す必要があるだろう。財政状況が深刻になっていることを正直に話してもらわないことには、国民はなぜ、改革が必要なのか全く理解できない。

「100年安心」などと言う悪質なフィクションは、もうそろそろ、止めにしてもらいたい。また、67~68歳に引き上げると、どの程度、年金財政が改善するのか、年金制度がいつまで持つようになるのかという「その効果」を、きちんと示してもらわないことには、到底、このような痛みを伴う改革に国民は納得できないであろう。合わせて、67~68歳までの引上げで改革が終わるのか、それとも70歳、75歳まで最終的に行くのかも、是非、知りたいところであろう。

これに対して、社会保障国民会議は、諸外国の中には支給開始年齢を引き上げている国が多く、日本もそれに合わせるべきだという説明を行った言うことであるが、これでは国民に対して何の言い訳にもなっていないことは明らかであろう。「もらえるはずの年金がもらえなくなる」という深刻な話なのであるから、「ご近所づきあいで隣近所に合わせましょうかね」等というようなのんきな話ではないのである。諸外国が支給開始年齢を引き上げたのは、ズバリ財政が苦しいからである。しかし、100年安心プランという安倍政権の主張を信じれば、日本が外国に追随しなければならない理由は、論理的には皆無である。

今週のニュースでもうひとつ驚いたことは、政府が、公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)や公務員共済など計190法人、資産総額約200兆円の運用を見直すと発表したことである。具体的には、6月中にも内閣官房に有識者会議を設け、今秋に提言をまとめるということであり、成長戦略の一環として、株式の運用割合を増やすことが見込まれている。

株式の割合が増えれば、下がり始めた株式市場対策にはなるが、同時にこのような改革は、年金財政に大きなリスクを抱え込むことになる。日本人は老後のための資金で、政府に無理やり賭けをさせられるのである。成長戦略の一環と言うことであれば、政治的な思惑が運用に絡んでくるだろう。苦しい年金財政を挽回するために、政治的に無謀な「賭け」に出る可能性もある。

この改革も、国民にとってかなり大きな改革と言わざるを得ないが、問題は、その理由が全く不明なことである。つまり、国民に対して年金財政の状況について、何の説明もないまま、「株価が上がっているからいいでしょう」とばかりに、アベノミックスの「空気」によってすすめられているのである(だいたい、今、株は下がっているではないか。賭けには必ずリスクが伴うのである)。

政府が年金関係の改革を進めたいのであれば、まずは、正直に、現在の年金財政の実情を示し、改革の必要性やその効果を国民に真摯に語るべきである。そのうえで、時間をかけて国民的な議論を行うべきではないだろうか。成長戦略や選挙に絡めて、夏までにとか、今年度中に等と、電光石火の意思決定をすべき問題ではない。

また、今後、支給開始年齢引き上げの議論を進めるのであれば、まずは、「日本の年金制度は安心な制度だから、改革の必要性は小さい」等と言っていた社会保障国民会議の年金関係の委員達は、責任の所在を明確にするために、クビにすべきではないか。「安心な年金だけど、隣近所に合わせて『血を見る大改革を』」という考えが、論理的に支離滅裂であることがもしわからないのであれば、そのような専門家は、知能か、精神か、あるいはその両方に大きな問題を抱えている。そんなアブナイ専門家は不要である。また、「100年安心」といまだに言い続けている厚労省年金局の幹部達にも、早くお引き取りを願う方が、日本の年金制度にとって安心、安全である。


編集部より:この記事は「学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)」2013年6月6日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった鈴木氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)をご覧ください。

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