正統的異次元金融緩和論者:伊藤隆敏氏との論争

小幡 績

7月2日の日経新聞経済教室に伊藤隆敏氏が寄稿している。異次元緩和を支持する議論だ。伊藤氏は、学者の中では、最も日銀幹部としてふさわしい人材であると思うが、いつも私とは、この件では意見が違う。最もまっとうな金融緩和拡大論者に対して、反論することで、最も本質的な議論の論点とは何かを明確化したい。


まず、ミニバブルおよびその崩壊ではない、と言うことだが、これは明らかにバブルである。バブルとは、その水準ではなく、持続可能性の問題であり、4月から5月の上昇は、持続不可能であった。国内個人投資家、海外日本株未経験投資家たちの買いあさり方は、上がるから買う、買うから上がるという、まさにバブルそのものであって、モーメンタムだけが重要だった。したがって、株価水準に寄らず、これはバブルであり、その流れが急変した5月23日以降は、バブル崩壊となったのである。そして、GW後から、バブル崩壊を予見される動きは随所に見られていた。だから、やはりバブルであったと思う。

今後は、彼らの狼狽売りが出尽くしたから、回復に向かうはずだが、今後、バブル的にあがるかどうかは、よく観察する必要がある。米国主導の世界的な株高の流れの中で、日本株も上がるということであれば、息が長いものになりそうだが、日本独自に上がる展開では、再びバブルになると思われ、その場合には、また崩壊があり、そうなると、三度目はないと思う。

これらの根拠は、日本株に突っ込んでくる投資家層が、日本株や日本の状況に詳しくない人々が多いと予想されるからである。4月から5月はそうであった。彼らがリターンマッチを行うから、これはバブル的となり、持続力はない。世界的な有力投資家は、世界的に投資し、特に米国株が中心となると思われるため、日本独自の動きをするようなら、それは幅広い投資家をひきつけられない。幅広い投資家によるブームは終わったと思う。

第二に、これが、一番重要なポイントだが、名目金利上昇は、予想通りの展開であり、期待インフレ率の上昇が名目金利の上昇を上回れば、実質金利は低下するので問題がない、と言う主張は誤りだ。

これは、マクロ経済学的、教科書的には、そのとおりなのだが、実体経済における実質金利は、国債市場で形成される名目金利―期待インフレ率にはならない。なぜなら、国債の実質金利をベンチマークに融資金利は決まるが、必ずしも、ベンチマークからの上乗せ金利幅が一定とは限らないからである。

もし、期待インフレ率が高いのであれば、期待インフレ率を上乗せするので、国債の名目利回りが低くても意味がなくなる。

日銀が高値で買い支えると言う事実を表しているに過ぎない。

したがって、実質金利をコントロールできると考えるのは誤りである。

資産市場は別である。国債の市場における名目利回りと、例えば、株式の名目期待リターンを比較することになるだろうし、他の資産、不動産などの名目利回りと比較することになるだろう。しかし、これは実質金利が低下しているわけではない。リスクプレミアムが低下しているのであり、別の言い方をすれば、ファンダメンタルズを離れてバブルになっているだけである(ここでは、ファンダメンタルズから乖離することがバブル、というバブルの標準的な定義におけるバブルである)。

すなわち、実体経済にせよ、資産市場にせよ、名目金利と期待インフレ率をコントロールし、その差を作ることで、経済や金融市場を実質金利の変化で動かすことは出来ない。金融市場をバブルにすることによってしか、動かすことは出来ない。

第三に、ここも重要な点だが、インフレ率が上昇して、賃金が上がらないと、生活が困るという議論は、今までも、インフレ率マイナス1%、賃金マイナス3%だったとすると、インフレ率2%、賃金不変と同じである、という主張だが、これは、影響がまったく異なる。なぜなら、これまでの賃金マイナス3%と言うのは、賃金水準の高い人々の調整によって行われてきたからだ。つまり、大企業正社員のボーナスがカットされ、正社員をリストラし、パートなどの非正規で代替し、新規採用が正社員から非正規社員となり、と言った具合に、条件の良い雇用が減り、また、中高年の単価の高い雇用が減少したことによる、平均の低下であり、低所得者層はそのまま低所得者層であり、その人数が増えたということである。だから、デフレは彼らにとっては、最低賃金が維持されているという前提に立てば(違法就労はないという前提では)、デフレは生活を悪化させない。

一方、インフレが進む中で、賃金が上昇しないと、低所得者層は、一気に苦しむことになる。したがって、マクロ的には同一であっても、生活苦となる人々が増えるということは動かしがたい事実である。

金融政策により意図的に起こされたインフレにおいては、資産インフレが先行することもかんがみると、所得格差、資産格差は拡大するのであって、生活苦となる人々はさらに増えることとなる。

第四に、インフレ目標2%が高すぎて達成できないと言う批判は間違いで、目標へのコミットメントが重要であって、達成できようができまいが関係ない、という意見も、現実の政治を考えると間違いだ。今回明らかになったのは、日銀の金融政策への政治、世論のプレッシャーは効果的であったということであり、これに味をしめて、政治、世論は、今後も金融政策にプレッシャーをかけてくるであろう。その前提に立てば、出口戦略が困難を極めることが問題だ。まだ、出口戦略の議論は早く、また米国の経験が参考になるというが、参考にならない。米国は、FRBは政治や世論、あるいは投資家たちとの駆け引きで常に優位に立ち回っている。FRBがリードしている。日本はそうではない。今回、出口をバーナンキは示唆したが、これは日本で同じ状況になった場合に、その対応は不可能であっただろう。政治と投資家が黙っていないからだ。

今後、インフレ率が2%に達しない中で、金融緩和の程度を弱める必要性は必ず生じている。そのときに、引き締めに転じることはもちろん、緩和の程度を弱めることすら出来ないだろう。インフレ率が2%に達していないからだ。インフレ率が2%になる前に、金融緩和が行き過ぎて、資産バブルになる可能性は高い。そのときに、引き締められないのだ。

これら4点において、伊藤氏と私の見解は異なる。この4点に関する議論を今後、深めて行きたいと考えている。