IT「を」からIT「で」への政策転換 --- 中村 伊知哉

アゴラ

ブロードバンドアソシエーション主催のシンポ「どうなる? 新政権のICT政策」にて、総務省柴山昌彦副大臣、谷脇康彦官房審議官、イブシ・マーケティング研究所野原佐和子社長とともに講演をしてきました。ぼくの大要は以下のとおりです。


デバイス、ネットワーク、サービスというメディアの3構成要員が、マルチスクリーン、クラウドネットワーク、ソーシャルサービスへと移行する状況で、IT政策も刷新されなければなりません。


特に日本は、ユーザのリテラシーに着目して政策を考えるべきです。世界経済フォーラム(WEF)によれば、消費者洗練度(新たな商品開発のニーズ等を引き出し得るユーザーの能力)で日本は1位。これが日本の強みです。

シスコの調べによれば、日本のモバイルユーザが発信する1人当たり情報量は世界平均の5倍でダントツ世界一。情報を生産し、発信する国なのです。それはもう10年前にハワード・ラインゴールド「スマートモブス」が渋谷の親指族を世界最先端と驚きをみせ、最近でもバルス!のツイート世界記録で世間を驚かせたことでも示されています。

これに対し、課題は3つあります。1) ITの公共利用が低いこと、2) 企業経営の認識が低いこと、3) 社会の認識も高くないこと。

IT利用に関し、シンガポールと日本とを比較すると、電子商取引や交通・物流の分野ではひけを取らないものの、教育、行政サービス、企業経営の分野では大きな差がみられます。昨年度の情報通信白書でも、公的機関とのネットやり取りの点で日本は調査18か国中最下位でした。

一橋大学深尾教授によれば、IT投資の対GDP比率は米英韓が5%で、2003年から増加しているのに対し、日本は3%で、しかも2001年から減少しているといいます。経営者がITの意味をわかってなんです。

しかも、マッキンゼーによれば、この10年間に蓄積された情報量は、日本は北米の1/9に過ぎません。一人当たりの発信量が多くても、社会として貯めていない。だからビッグデータも活かせない。若いユーザは進んでいるのに、社会全体の認識に問題がある、ということです。

政策の切り替えが必要です。これまでは提供政策が中心でした。谷脇さんやぼくが役所に入った30年前は、通信自由化まっただ中、ニューメディアブームでした。毎日、通信業に関するニュースが紙面を飾っていました。以来、IT政策は通信ネットワーク整備、地デジ整備、競争環境整備が中心課題でした。そして、それはほぼ達成されました。

このところ新聞を読んでも、そういうニュースは目立ちません。ある一週間のIT関連の記事を取り出してみると、教育情報化、コンテンツ転送の著作権問題、サイネージの災害時の運用・利用法、ネット選挙解禁、医薬品ネット販売の行方、医療機器ソフトの解禁、ネット通販の拡大、といったネタばかり。

ITの提供問題ではなく、すべてITの利用問題です。いかに「整備」するかから、「使える」ようにするか。重点はこちらにシフトしました。役所や病院や学校で新しいメディアが使えるようにする。全ての子どもがデジタル環境で学べるようにする。ネットやケータイで安心して商品やサービスを買えるようにする。つまり、提供政策から利用政策への転換。

それは、IT「を」どうするか、ではなく、IT「で」社会や経済をどうするか、の視座。産業政策でみれば、IT産業85兆円をどうするか、よりも、それを使って、GDP 470兆円をどう拡大するか、という問題となります。

これに対し、安倍政権が発するメッセージは、というと、割にいいんです、これが。

3月、IT戦略本部で安倍総理が発言した「3つの課題」。1) ITの利活用による新しい成功モデル。2) IT社会の実現に当たっての規制改革、ルールづくり。3) 公共データの民間開放。ITの利用促進に向け、環境を整えようという姿勢が明確です。

同じく山本IT担当大臣が産業競争力会議に示した資料では、1) IT利活用の裾野を拡大し、世界最高水準のIT利活用社会を。2) 規制・制度改革:オープンデータ、3)人材育成・教育:1人1台の情報端末配備、とあります。オープンデータや教育情報化など、私が関わる政策を挙げて、利用促進を前面に出します。

これらを受け、総務省が進めている政策メニューも、1) オープンデータ、2) 利活用:規制・制度改革、3) ICTを利用した社会インフラの管理、4) スマートタウンという項目が並んでいます。かつてのNTT再々編、競争促進、通信産業拡大という路線とはさまがわりです。

ぼくが担当している内閣官房・知財本部の政策メニューも、「デジタル・ネットワーク社会に対応した環境整備」として、1) クラウドサービスなど新産業形成に向けた制度整備、2) ビッグデータビジネスの振興、3) 文化資産のアーカイブ化、4) 教育情報化の推進、という具合に、ネットを利用した知財戦略が中心となっています。全体の方向は合っています。

問題は、それらはまだ実現していないということです。政策は実行されて初めて政策になるのであって、発動されなければアイディアにすぎません。実行力に欠けた民主党政権からこの政権に変わって期待するのは、断行力です。

例えば、上記メニューにある政策にしても、ぼくはデジタル教科書を実現する運動を続けていますが、政府の動きは未だ力強いとは言えません。これに対し、大阪市、東京都荒川区、佐賀県武雄市のように、政府計画を5年以上前倒しで進めようとする自治体が登場するなど、事態はローカル、現場主導で動き出しています。政府の本気度が問われます。

オープンデータもそうです。内閣官房、総務省、経産、国交、そして地方自治体などみな前のめりになり始めたことは評価できますが、公共データをフルオープンにしたり、それを民間ビジネスに結びつけたりするなどの成果が渇望されている段階です。

利用政策で言えば、ネット選挙の円滑実施、医薬品ネット販売の決着、医療情報化、マイナンバーの導入、炎上問題への対応、ソーシャルゲームの健全化……メニューはいくらでもあります。いま一度、IT政策のプライオリティーを上げること、特にIT利用政策の重要性を認識することが大事です。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2013年7月11日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。