「脱ねじれ選挙」の後の脱力感 --- 中村 伊知哉

アゴラ

○安全運転vs分散
脱ねじれ選挙。ねじれを解消するために行われた、ワン・イシューの選挙でした。

そこには特段の政策も政局もありませんでした。安倍政権の信任を確認する行為でした。だから、静かに、低調に、過ぎて行きました。


強いて政策の争点を挙げるなら「アベノミクス」の是非。金融、財政、成長と三本くりだした矢に胸を張る与党に対し、野党は踏み込みが足りずに終わりました。民主党は円安に伴う値上げを叩きましたが、それは副作用批判であり、メインの政策対立ではありません。みんなの党や維新は規制改革の不足を突きましたが、それは「もっとやれ」という指摘です。共産党のように増税含め反対一辺倒ほどわかりやすくなかった。

自民党は安全運転の横綱相撲に徹したということです。あえて投票率を上げずに浮動票を殺したようにも見えました。アベノミクス一枚看板を掲げる一方、憲法問題は途中から引っ込め、原発やTPPも争点からぼかした。野党が一枚岩でそちらを突けば盛り上がったかもしれませんが、軽く突っ張ったり脇にいなしたりと、右に左に分散したままでした。

○安倍政権はここから本番
政局面では、1強5弱というV9時代のセリーグみたいなありさまが両院で定着。2009年の政権交代で夢見た二大政党時代は昨年の総選挙で泡と消え、今回、少なくとも3年はそれが固定されます。2016年は同時選挙かもしれませんが、それまでに野党はどう建て直すのか。

例えば民主党は子ども手当、農家補償など大きい政府の分配政策で失敗した後の軸が見えません。支持層である都市市民=非正社員と、労働組合=既得権者の内部ねじれをどう扱うのか。他の野党は1強に対し共闘・対抗するのか、連携するのか。あるいは潔く解党するのか。

その間、いよいよ自民党は素顔を現します。2009年の政権交代後できなかった政策、ねじれ下では進まなかった政策が動き出します。安倍政権はここから本番です。

では、医療、農業、保育などの規制改革を進めるでしょうか。今回の選挙戦向けポーズで幕引きでしょうか。憲法改正を持ち出すでしょうか。原発はぐいぐい行くんでしょうか。クールジャパンは続けるんでしょうか。児童ポルノ法は改正するんでしょうか。

○見えなくなる参議院問題
ねじれが解消されると、「強すぎる参議院」問題もしぼみますね。衆議院と同じ動きをすることで、参議院の機能が埋没することも想定されます。

参議院の選挙制度に関し、東洋大学松原聡教授が「小選挙区と、中選挙区が混在するのはおかしい。1人区の当選者と、5人区の5番目の当選者は、同等なのだろうか。」とツイートしています。1人区をいくつかまとめて中選挙区とするか、中選挙区を分けて小選挙区にしないと不公平というわけです。

ぼくも選挙制度を改めてしかるべきと考えます。ただ、参議院を小選挙区にすると衆議院との差がより縮まるので、全国区+中選挙区(ブロック制)がよいのではと思うのですが、そういう議論が起きにくくなるということでしょうね。

○不穏な空気、ふたたび
池田信夫さんがブログで「日本の現状は、1930年代のドイツと似ている。経済が疲弊する中で、無力な与党と分裂する野党が政争を繰り返し、何も決まらない現状に民衆がうんざりしている状況は、ヒトラーが登場する前のワイマール体制と似ている。」と書いています。

これになぞらえて言うなら、ぼくは今の日本は、1931年末の日本に似ていると思います。満州事変で日中が対立し、民政党(緊縮財政・金融引締・円高)から政友会(積極財政・国債日銀引受・円安)に政権交代。ま、そうなるとそろそろテロ(5.15事件)が起きて軍事路線を突き進むことになる。不穏な空気というわけですが。

○盛り上がらなかったネット選挙運動
さて、今回のもう一つのトピックは、ネット選挙運動でした。

盛り上がりませんでしたね。昨年の総選挙での党首ニコ生は140万人が視聴したのに対し、今回は9万人、1/15にすぎません。

ぼくは協力したんです。総務省のネット選挙運動動画コンテストの審査員を務め、ネット使ってね、と旗を振ってみました。社団法人成長戦略研究会ではネット選挙運動アプリのコンテストも開催してみました。

でも、さほどネットが活躍した形跡はない。選挙自体が盛り上がらないため、ネットで投票率上げろったってどだい限界がありましたが、制度自体もわかりにくくて、メールはダメなのにLINEがいいのはヘンなんて「とくダネ!」で菊川怜さんに突っ込まれるありさま。炎上を警戒して、政治側もへっぴり腰でした。

警察庁の7月20日の発表によれば、ネットを使った選挙違反の警告は23件で、多くがメール禁止違反であり、心配されたなりすましや改ざんはなかったといいます。ネット業者に対する削除依頼も報告されていません。盛り上がったのは東京ですずかんと山本太郎さんの支持者がやりあった局地戦ぐらいじゃないでしょうか。

順調に運動が行われたというより、期待されたほどは使われなかったということでしょう。

○ネット選挙の宿題
本格利用は3年後の総選挙。今回、さほど問題が起こらなかったことを幸いに、メール利用その他ややこしい制約を解いてもらいたい。これは宿題です。

だから、今回は練習ととらえればいいのでしょう。練習はしました。「あべぴょん」は結構ぴょんぴょんするのが難しかったし、共産党がゆるキャラ路線で来たのも刺激的でした。候補者の9割がSNSを使ってはみました。党首の色もほの見えました。安倍さんはフェイスブック、橋下さんはツイッターを駆使し、海江田さんは「私は毛筆をこよなく愛します」と言います。

民間側に宿題も残りました。

EXILEのメンバーが立候補者と並んだ写真がネットに掲載されていることで、NHKが出演番組を延期しました。実はぼくも、立候補者のネット番組に出演した映像が残っていて、出演した番組が放送延期となったり、出演した箇所がカットされたりしました。

政治的公平性への配慮ということですが、今回はまだ事例が少ないものの、総選挙となると大変ですよ。著名人が政府に協力して写った写真や動画が山ほどネットに残っていて、その大臣や高官がわんさか立候補しますから、期間中、番組カットばかりになりますよ。

というのは一例で、政治・選挙とネットとの距離感を社会がまだ測りかねているということでしょう。もっと接近させなければ。

なお、Yahoo!が選挙前にビッグデータ予測したところでは、自民67、公明9,民主20~21、維新8~10、みんな4~7、共産7。ニコニコ動画のネット世論調査では自64、公11、民16、維7、み8、共8。結果は、自65、公11、民17、維8、み8、共8。おお、案外、ネットは役に立つじゃないですか。政治とネットの距離を縮めること、これまた宿題です。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2013年7月22日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。