増税すると税収が減るって本当?

池田 信夫

参議院選挙では予想どおり与党が圧勝し、衆参の「ねじれ」がなくなりました。これで自民党も不人気な政策を実行できるようになったはずですが、安倍首相は消費税引き上げについて「4~6月の経済指標などを踏まえ、経済情勢を見極めながら秋に判断する。デフレ脱却、経済成長と財政再建の両方の観点からしっかりと判断していく考えだ」と慎重です。


これは「税率を上げると景気が悪くなって税収が減る」という一部の人の意見が影響しているものと思われます。これはアメリカで1980年代にラッファーカーブとして提唱されたもので、図のように税率を横軸に、税収を縦軸にとると、税率を0から上げてゆくと税収は上がりますが、税率が100%になると、稼いだお金が全部取られるので誰も働かなくなり、税収は0になります。


ラッファーカーブ

だからその中間に税収を最大化する最適税率T*があるはずで、今の税率はT*を超えているので減税したら税収が増える、というのがラッファーさんの理論でした。彼がこの図をレストランの紙ナプキンに描いてレーガン大統領に見せたところ、大統領は「こんなわかりやすい経済理論は初めて見た!」と感動して大減税をしました。

しかし結果的にはアメリカは大幅な財政赤字になり、貿易赤字とともに「双子の赤字」といわれて世界経済を混乱させました。つまり論理的にはT*は存在するのですが、それはかなり極端に高い税率なのです。普通の税率はT*の左側にあるので、減税すると税収は減り、増税すると増えます。

日本の場合、もし消費税率を8%に上げて税収が下がるとすると、T*は8%より低いことになりますが、これはまず考えられません。というのは、先進国の消費税(付加価値税)率はどこも15~25%ぐらいで、日本は飛び抜けて低いからです。8%ぐらいの税率で税収が減るなら、付加価値税率はもっと低いはずです。


1997年の増税の前後の実質GDP成長率

こういうとき「1997年4月に消費税率を3%から5%に引き上げたから税収が下がった」という話もよくありますが、これは嘘です。上の図のように97年の1~3月期までに増税前の駆け込み需要でGDPが上がった反動で、4~6月期には成長率がマイナスになりましたが、10~12月期にはプラスに回復しています。98年に入ってGDPが急速に落ちたのは増税のせいではなく、97年秋の拓銀・山一の破綻のあとの信用不安が原因なのです。

むしろ今、日本政府がいったん法律で決めた増税を延期すると、「法律で決めたことも守れない日本政府は信用できない」という評判が立ち、国債のリスクが高くなって長期金利が上がり、財政負担が増えるおそれがあります。

誰でも増税はいやですが、日本政府は莫大な借金を抱えているのだから、いま増税しなくてもいずれはしなければなりません。先送りすればするほど負担は大きくなり、みなさんのような若い世代に集中するのです――それが老人にやさしい安倍さんのねらいかもしれませんが。