米国の強み:権力と民意のチェックアンドバランス

北村 隆司

極端な「金融自由化」で所得格差を広め、「9:11事件」では「イラクの大量破壊兵器保有」をでっちあげてまで、騒乱を世界に拡大した米国。

それにも懲りず、ドイツ首相の携帯電話盗聴、政府機能の一時的閉鎖、茶会党を中心とした超保守派による反税、反銃規制、反移民運動などで亀裂を深めているのも米国。

これにあきれたのか。雑誌「フォーブス」が毎年選ぶ世界で最も影響力のある人物に、オバマ大統領ではなくロシアのプーチン大統領を選んだそうです。

それでも私は、米国の指導的地位は揺るがないと思っています。


米国の強さはその経済力、軍事力にもありますが、何と言っても優れているのは、いざとなったら社会の「チェックアンドバランス」が働き、権力と民意が対立しないで国家的を危機を処理する伝統です。

また、「世界の警察官」の立場を余儀なくされ不干渉主義を棄てた米国は、外国が思うほど単純ではなく海外とのバランスにも心を配っています。

「冷戦宣言」と言われたトルーマン・ドクトリンは、共産主義が台頭したギリシャの内戦に介入してきたイギリスが、その負担に耐えられなくなった事が直接の原因ですが、「モンロードクトリン」を捨て去った意義もあります。

仮に、米国がモンロードクトリンを継続していたら、日本も韓国も今頃は中国の「植民地的同盟国」になっていたかもしれません。

第二次世界大戦終結とともに、米国とソビエト連邦との対立が表面化し、更に中国共産党によって中華人民共和国の成立を迎えると、米国内では強い「危機感」が広がり「赤狩り」が猛威を振るった「マーッカーシズム」と言う行き過ぎが米国の歴史を汚しました。

その「赤狩り」の落日を促したのは、権力ではなく米国報道界の巨人エド・マローでした。

彼は、自らがホストを務めるCBSの番組で、強引かつ違法な手法で個人攻撃を続けるマッカーシーのやり方を具体例を上げながら冷静に批判した「A Report on Senator Joseph McCarthy(ジョセフ・マッカーシー上院議員についてのレポート)」と言う番組を放映します。
http://www.youtube.com/watch?v=e4LZsDqSSfk

この番組は、マッカーシズムの手法に嫌気がさしていた多くの視聴者からの支持を得て、米国が「反マッカーシズム」に軸足を移す転機となりました。

多くのマスコミが沈黙していた時期に、敢然としてマッカーシズムに挑戦したマローの反骨精神は賞賛に値しますが、それ以上の賞賛に値する事は、彼がジャーナリストとして欠く事の出来ない「フェア」な精神の持ち主であった事です。

その典型は、この番組の終了時に「お望みなら、この番組と同じ30分を無条件に提供します」と語りかけて、マッカーシーに反論の機会を与えた事に表れています。

マッカーシーは3週間の延期を求めた上で、反論には自分で準備したフィルムをCBSに送る事を選択しました。http://www.cbsnews.com/video/watch/?id=1065699n
(この反論フィルムは、極端な反原発主義者の山本太郎参議院議員の「ドグマ宣伝」並の、客観的な論拠を何等示さないレベルの低いものですので、見る必要はないかも知れません)

赤狩り以上に米国に打撃を与えたベトナム戦争の終焉には、ダニエル・エルズバーグの機密文書(ペンタゴン・ペーパー)暴露とニューヨークタイムズによるスクープが貢献しました。

国家の機密を暴露したとして訴追されたエルスバーグ氏は、「責任ある米国市民として、虚偽を重ねて国民から真実を隠し続ける政府にこれ以上協力する事は出来ない」と言う声明を発表、これに対し、法廷は「機密の違法漏洩は事実であるが、正義を裏切る政府の性懲りもない妨害行為は、公正な裁判を妨げている」として、訴追棄却の判決を下しました。それぞれに自らの信念を明快に語った堂々たる両者の対応です。ちなみに、彼を訴追したニクソン政権はウォターゲート事件を経て崩壊します。

日本では「特定秘密保護法案」が審議されていますが、「罪」より社会に与えた「益」が大きい場合でも「その意義」は斟酌せず、「罪は罪」と考える日本で、エルスバーグ氏の様な事件を起こした場合はどうなるのか、些か気になります。

ペンタゴンペーパー事件を契機に発覚した「ウォーターゲート事件」では、ワシントンポストの調査報道が大活躍し、現職大統領が辞任に追い込まれるという前代末聞の事件に発展しました。

次に起こった米国を揺るがす事件は、ジャーナリスト出身の学者であるクリストファー・パイル教授が、軍の諜報機関による米国市民に対するスパイ活動を上院の委員会で告発した事件でした。

この問題でも、ニューヨークタイムズのシーモア・ハーシュ記者が、CIAが外国政府や要人に対して行なっている隠密スパイ活動や暗殺計画の詳細を暴露した事が、民意を動かし情報機関の大幅改組と議会による監督強化に結びつきました。

この様に、国家的な危機に直面するたびに、国民の努力による自浄作業を通じて問題を解決してきた実績が米国の強さであり、権力と国民が常に「チェックアンドバランス」の関係を維持している事が偉大さでもあります。

日本では、米国を「歴史の浅い国」と見做し勝ちですが、その米国の憲法は現行の成文憲法としては世界最古の憲法だけに、「民意のくみ上げ」や「デリケートバランス」の維持に驚くほど役立っており、米国の指導的地位を保つ支えになっています。

この点については、次回から市民が「デリケート・バランス」に敏感である事がいかに大切であるかを説いた、フレッド・フレンドリー教授のテレビ講座「That delicate balance」について触れたいを思います。

2013年11月6日
北村隆司