米国医療保険制度改革、今ある問題点と景気への影響 --- 安田 佐和子

アゴラ

医療保険制度改革案(ACA、オバマケア)、多難な船出を迎えております。

お伝えしたように、オバマ米大統領の支持率低下につながる状況。以下の3つの大きな問題に直面し、オバマ政権は防戦を余儀なくされています。

1)「エクスチェンジ」と呼ばれるオンライン保険市場で障害が発生し、1ヵ月経過しても解決せず。個人の登録に遅れが生じる

10月1日にサービスが開始した同サイト、初日の登録者数がたった6人で2日間で258人という惨憺たる結果に終わりました。政権側は初日だけで470万人がサイトを訪問したと発表していたので、笑い話どころの騒ぎではありません。サタデー・ナイト・ライブ(SNL)も、10月26日放送分でネタにしてました。セベリウス厚生長官に扮するケイト・マッキノン、笑顔で「何百万人もの市民がサイトにアクセスしたのは良かったのですが、残念ながらサイトは6人しか処理できなかったんです」だなんて、的を得てます。

SNLのスキット、アメリカ市民には笑っていられない事情があります。ACA施行を通じ、医療保険に加入していない場合、罰金が科されるんです。2014年で95ドル(9310円)か年収の1%のどちらか高い方を支払わなければなりません。罰金額は15年に最低ラインが325ドル(3万1850円)、16年には695ドル(6万8110円)へ、年収では15年に2%、16年には2.5%に引き上げられます。こうした事情を踏まえ、戦々恐々とした方々も少なくなかったことでしょう。なお年収1万ドル(98万円)以下なら、罰金は免除です。

罰金制度は、以下の通り(出所: フォーブス誌)。

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オバマ政権はサイトの障害に対応するためグーグルをはじめオラクル、レッドハットのIT関係者から援軍を依頼済み。専門家の支援を受け、事態が収束するか注目されます。

2)保険会社が現行の保険では基準に合わないとし、顧客に解約通知を相次いで送付

オバマ政権はACA導入で加入済みの保険は継続できると約束していたにも関わらず、自営業者を中心に個人の加入者に対し保険会社は解約手続きに踏み切っています。予防・精神衛生など必須項目がカバーされていないというのがその理由です。

3)企業の医療保険負担が増加し、従業員へ波及する公算

CNBCは、65歳以下の医療保険加入者1億4900万人の医療保険負担が5~7%増加すると伝えていました。CNBCの親会社コムキャストが従業員向けに送付した資料を引用し、オバマケアが理由と指摘。朝の番組でも、司会のベッキー・クイックが「1年で45ドルの値上がりだなんて」と嘆いてましたっけ。UPSやデルタ航空など一部の企業も、オバマケアを値上がりの槍玉に挙げてました。

一方でカイザー家族財団の調査によると、過去10年間における家計の医療保険負担は2412ドル(23万6376円)から4565ドル(44万7370円)と89%も増加したといいます。企業の負担は6657ドル(65万2390円)から1万1786ドル(115万5030円)と77%増でしたから、すでに家計の負担が拡大トレンドにあったことが分かりますね。

また企業が医療保険の負担を減らす目的で医療保険の質を落とせば、家計のポケットから出て行く支出が増えるという構図も浮かび上がります。Co-pay(コペイ)と呼ばれる患者の負担は、保険の種類によってざっくり20ドルから40ドルと様々なものですから。ACA導入以前から、負担の重さはずっしり被保険者の肩に掛かっていたというワケです。

医師に3分診察してもらうだけで、軽く40ドル(3920円)が吹っ飛ぶことも。

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では、経済への打撃はどれほどなのか。バークレイズがまとめたレポートのタイトルに集約されています。その名も「経済的な影響は一部で大きいものの、全体的には小幅」。内容満載のレポートを我流でざっくりまとめると・・。

▽景気全般・財政赤字

医療機器産業や製薬会社を含めた医療産業、高所得者と企業への税率引き上げ

→歳入の増加要因で2013年度の財政赤字を300億ドル削減(GDP比0.2%)、14年度は200億ドル削減。財政面で景気を下支え

▽労働市場

従業員50人以上の企業に対し、正社員の医療保険義務付け

・一部の企業は、医療保険と罰金のコストを判断した上で罰金を選ぶ可能性があり会社からの福利厚生を失う従業員が出てくる場合も

・全体の6分の1を占める29~49名の従業員を有する企業が、採用に消極的になる可能性

・パートタイムの従業員の増加を加速へ

▽物価

・診療費削減などACAを通じ鈍化がみられる場合もある。消費者の個人負担を網羅する消費者物価指数(CPI)の伸びをせばめたが、コスト抑制に動いた点もぬぐえず。なおCPIに占める医療保険料のウェイトは0.7%程度とされ、影響は限定的か。

景気と物価においては明確に推測しづらいもよう。ただし労働市場において、歪みが生じることは確実のようです。すでにパートタイムの雇用増加が指摘されていましたが、ACAの影響は否定できないでしょう。


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2013年11月5日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった安田氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。