博士課程の方々は国や社会に見捨てられた「棄民」です --- うさみ のりや

2013年11月15日 08:50

さて先日twitterで大卒と博士課程卒の進路を端的に示した以下の図を紹介したところ結構な勢いで広がっていきました。

博士の進路

皆さんご存知の通り、日本では多くの学生は

<みんなで高校まで一緒に進学 → みんなで一斉にセンター試験 → みんなで一緒に大学の大部屋授業 → 大卒or院卒でみんなで一斉に就活>

という超ガラパゴスなキャリア経路をたどるわけです。そんな中博士課程に行く人は正直、院卒時点で就活が上手く行かなかったという人が2/3 or マジで研究したいことがあったという人が1/3、というところでしょうか。そして前者の2/3にはとてつもなく残酷な現実が卒業後襲ってきて、半分以上のケースで「無業」「非正規」「自殺」という三つのいずれかにたどり着くわけです。(参考までにアメリカの就活というのはこんな感じ

あまり海外との比較でモノを語りたくないのだけれど、日本人だと仕事以外の異業種交流会的な場で始めて挨拶する時も「私は○○社の○○というものでございます。今は○○という仕事をしております。」という挨拶をするわけですが、これが欧米人だとひっくり返って「私は○○といいます。○○が出来て、○○という実績があります。(今は○○っていう会社にいるんだけどね)」、というような挨拶の仕方をします。日本人の場合はその人が今所属している組織で人の価値や信頼度を測り、一方で欧米ではその人のスキルとこれまでの実績・業績で人の価値や信頼度を測るわけです。0か100かではなく、あくまで傾向の問題ですがね。

だから向こうでは人の特性を図るような手法が発達して、日本ではなかなか浸透しない。採用面接もその人が何が出来るかなんか実際のところほとんど関係ない。「伸び代」という謎の言葉の下に社畜属性のみが審査される。こんな2chのスレッドもありますしね。

そういう「組織(≠チーム)を重んじる文化」があるが故に、多くの大学生がファーストキャリアで権威のある大企業を志向すると思うんですね。そして競争が過剰になり、その競争に敗れ道から外れてしまうと二度と戻って来れない。みんな一斉で一度のチャンスしかないのだから。博士課程まで行ってスキルを身につけた人がここまで就職に苦しむのは、「こいつは就活に失敗した、コミュニケーション力に難がある問題児ではないか」、という逆の所属レッテルから審査が始まるからだと思うんですよね。口では「異端児よ来い!」なんて言っている会社も、面接している側が普通の社会人生活を送ってきた規範者なんですから、結果としては規範者が採用されますよね(笑)

かくの如く社会制度はムラ文化的で、閉鎖的な日本ですが、一方でネットは本当にオープンでフェアな世界と感じます。ブログを書いていても思うのが、「この人はどういう背景があって、どんな主張をするんだろう」と能力と経歴をバランスよく見てくれる。僕の「元公務員」という経歴は正直民間企業で就職活動するにはコンサルなど一部の業界を除いてはかなり不利なのだけれど、ここでの情報発信の中身と質を見て声をかけてくださる人が沢山いる。ネットという空間では自分の知識や出来ることや能力を最大限見える化できますからね

YouTube Preview Image

そんなわけで、博士課程まで行っちゃった人、もう貴方は道から外れた人で、もう二度と戻れません。覚悟を決めて自分をさらさないと、お先真っ暗ですよ。今のうちに自分のメディアを持って、自分の能力を見える化して、自分のキャリアを切り開きましょう。じゃないと社会に貴方達全員を受け入れる居場所はありません。

貴方達は国や社会に見捨てられた民、棄民なんです!

超ガラパゴスな日本型キャリアシステムから外れたのですから、貴方には自由があります。その機会とこれまで培った能力を生かして、自分の人生は自分で切り開く努力をしましょう。それは必ず報われます。

ではでは今回はこの辺で。


編集部より:このブログは「うさみのりやのブログ」2013年11月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はうさみのりやのブログをご覧ください。


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