日本アニメは大丈夫なの? ~ いくつかのアニメ書評 --- 中村 伊知哉

2014年01月09日 11:37

古賀義章「飛雄馬、インドの星になれ!」は、インド版「巨人の星」をプロデュースしたお話。野球をクリケットに置き換え、涙ぐましいローカライズを遂行したうえ、スズキ自動車、ダイキン工業、ANAなどのスポンサーをアニメに登場させるプロモーションを盛り込みます。こうしたコンテンツを先兵に据えた融合策。


アニメや音楽と、ファッション、日本食、観光といった他業種の協業によって、大きなビジネスを設計しようというアイディアです。K-Pop音楽や韓流ドラマと、家電や自動車との連携を後押しする韓国政府のアプローチです。日本政府もこのところクールジャパン政策と称して、こうした複合的な連携を促しています。

なお、アニメ業界の歴史と現状をデータとともに俯瞰するには、まずは増田弘道「もっとわかるアニメビジネス」を手に取ることをオススメします。 海外でアニメを学術として扱う動きも活発になってきました。日本のアニメが研究の対象と認められるようになったのもこの10年ほどのことです。以前から日本ではマンガ研究が盛んでしたが、海外ではマンガよりもアニメの方がアクセスしやすいため、研究が厚くなったといいます。

その分野も、当初は子どもへの影響を中心に論じられていたものが文化論、映像理論、そして国際政治論へと拡張しています。トーマス・ラマール著の大作「アニメ・マシーン」では、アニメ技術を軸とするメディア論がガタリやドゥルーズの思想を下敷きに展開されます。日本のアニメを西洋に対峙する特殊な文化ではなく、普遍的な表現として扱う点は、この研究領域の成熟を示していると言えるでしょう。

もちろん日本でも、マンガ研究を追う形で本格化しています。小山昌宏・須川亜紀子編著「アニメ研究入門」によれば、今や50を超える大学でアニメに関する教育や研究が行われており、文化と産業にわたる幅広い議論が見られるそうです。

例えば小森健太朗著「神、さもなくば残念。」は、2000年代以降の深夜アニメを主体にした本格研究です。「萌え」という現象をフッサールの思想を基に読み解くなど、哲学や社会学の方法論を生かして理論化すると同時に、文芸や映画の評論のように個別の作品を掘り下げるという、その挑戦的な批評スタイルは、アニメ研究も新しい次元を迎えることを予期させます。 海外から注目されて10年、いよいよ成熟し、産業面・文化面ともに重要度を増すアニメ。半世紀の節目に世代が切り替わるアニメ。その進化の方向が注目されます。(※本稿は日本経済新聞10月20日「今を読み解く」への寄稿を大幅改訂・追記したものです。)


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2014年1月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。

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