ウクライナ問題:欲しかった日本外交のしたたかさ

北村 隆司

日本政府はウクライナ問題で「最大限自制し、責任ある行動を取る」ように、ロシア側に伝えたと言う。

日本のこのような伝達がG7にとって「枯れ木も山の賑わい」程度の効果しかない事を考えると、日本政府に沈黙により中立姿勢をを示す「したたかさ」があれば、日本の存在価値は大いに異なったに違いない。


欧米諸国からの孤立感を深めるこのタイミングでの中立姿勢は、プーチン大統領にとっては大いに歓迎すべきもので、北方領土返還交渉を控える日本の立場にもプラスに影響した事は間違いない。

問題はロシアを除く残りのG7の反応だが、継続的で大規模な経済援助や大量のガスをウクライナに供給する余裕もなく、かと言ってロシアとの戦争に踏み切る政治的環境もないのが現実で、既にクリミアのロシア帰属は決まった様な物だと言う悲観論が支配的であり、日本の動向に一喜一憂する情勢にはない。

それに比べクリミアの勝負はあったと考えるロシアには、クリミアに加え、ロシア系住民が多数を占めるウクライナの東部地域の処理について「侵攻」か「自重」かのオプションを持つ余裕があり、日本が「中立」を維持すればこの問題を巡ってロシアとG7との仲介役を果たせる可能性も排除できない。

このような事情を考えると、日本政府に「中立」を守る外交上のしたたかさが欲しかった。

クリミア半島の歴史は単純ではなく、何度も支配国が変遷した挙句1783年にロシア帝国に併合され、1955年にウクライナ融和策の一環として多数を占めるロシア系住民の猛反対を押しきって当時は殆ど権限を持たなかった「ウクライナ・ソビエト社会主義共和国」に移管された。

処が、ソ連崩壊後はウクライナ政府に不満を持つロシア系住民の抵抗が激しく、その妥協策としてウクライナ政府がクリミア自治共和国の成立を許した経緯がある。

この様な歴史的背景を持つクリミアは、中国の少数民族自治共和国の様に、いつ何時「チベット化、ウイグル化」するかも知れない複雑な人権問題の側面を持つ地域である事も理解すべきだった。

御説教にも似た外務省のロシアへの自重要請に加えて、ソチで今夏開催予定の次回の主要8カ国(G8)首脳会議準備会合について、「現下の状況で集まっても有意義な議論はできない」と事態が収拾に向かうまで参加を見合わせる方針を示した上に、G8首脳会議の中止や開催に全く影響力を持たない日本が、「現下の状況ではG8で集まっても有意義な議論はできない。意味のある議論を行う環境に戻るまでG8首脳会合の準備会合への参加を停止する」等と伝達する事は、ロシアから見れば「欧米大国の操り人形に過ぎない日本」を再確認させるだけの余計な形式であった。

ロシアとの間に、和平条約締結や「北方領土返還」の交渉と言う極めて重要な問題を抱える日本の特殊事情は、米国も良く承知しているはずで、懇切丁寧にこの事情を説明すれば日本の「中立」に対する理解を取り付けることは可能な筈だ。

G7盲従と言う子供でも出来る事だけ早く行動を起こすのではなく、今回こそ常に後手に廻る日本外交の伝統を活かし、もう少し時間をかけて国益を考えた戦略的な外交を展開して欲しかった。

2014年3月日
北村隆司