大英帝国を崩壊させた太平洋戦争 - 『連合国戦勝史観の虚妄』

池田 信夫
英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄(祥伝社新書)
ヘンリー・S・ストークス
祥伝社
★☆☆☆☆



また慰安婦問題が国連で「炎上」しているが、こういう歴史問題がこじれる原因は、中韓がそれを政治利用しているばかりでなく、日本にもGHQに刷り込まれた「加害者意識」をいまだに持ち続けている人が(特にマスコミに)多いためだ。日中戦争や日米戦争だけを見ていると「侵略戦争」に見えるが、南方では必ずしもそうではなかった。

あまり知られていないが、南方戦線の最大の戦いは日英戦争だった。1942年に日本軍はマニラを占領し、またたく間にシンガポール、マレーシア、ビルマ、インドを攻略した。特にアジア支配の拠点だったシンガポールの陥落は、大英帝国はじまって以来の敗北だった。日本軍は、200年以上にわたって不敗を誇った大英帝国が植民地を失って崩壊するきっかけをつくったのだ。

大英帝国がアジアでやった戦争は、まぎれもなく侵略だった。インドやマレー半島を武力制圧し、そこから徹底的に搾取し、現地の経済が自立できないように産業を破壊したのだ。それに比べれば、日本の朝鮮や満州に対する植民地支配は慈善事業みたいなものだった。著者は「日本が大英帝国の植民地を占領したことには正義がある」というが、日本軍が南方に戦線を拡大したのは正義ではなく石油のためだった。

このようにイギリスの立場から太平洋戦争を見る第2章はおもしろいが、あとは三島由紀夫や橋下市長や金大中などがランダムに出てきて支離滅裂だ。文章も、とてもタイムズやNYタイムズの東京支局長をつとめたジャーナリストとは思えない稚拙なものだ。これは著者が英語で口述した話をまとめて「翻訳」したゴーストライターに問題があると思われる。

内容は「東京裁判ではパル判事だけが正しかった」とか「南京大虐殺はなかった」という類のよくある話で、オリジナリティはない。著者が「転向」したのは加瀬英明氏の影響らしいが、こういう「英米陰謀史観」も一つのステレオタイプであることを自覚していない。ただ太平洋戦争で大英帝国が崩壊したというのはおもしろいので、こういう観点から第二次大戦を考え直す価値はある。