万能細胞が蘇らせた「再生」への願い --- 長谷川 良

2014年03月14日 12:41

世紀の大発見と呼ばれた万能細胞「STAP細胞」を記述した論文に問題点があるとして理化学研究所の小保方晴子さんらがまとめ、英科学誌ネイチャーに掲載された論文の撤回問題が話題となっている。門外漢の当方は、論文の真偽問題で再生医学への期待が冷めないか、と心配している。

山中伸弥・京都大教授が万能細胞「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」を作ったというニュースを聞いて以来、当方は再生医学の行方に熱い思いを込めて注視してきた一人だ。


山中教授は2012年、ノーベル生理学・医学賞を受賞した直後、「iPSが早く実用化され、不治の病に悩む人々を救いたいと願っています」と語っている。再生医学は人類に大きな恩恵をもたらす潜在性を秘めているからだ。

大げさに表現すれば、再生医学は、わたしたちが忘れかかっていた願望、「再生」という概念を再び思い出させてくれた。

当方は「再生医学は人間の世界観、人生観にも多くの影響を与える」と確信している。病に罹った細胞を再生し、病に罹る前の状況に戻す、細胞の初期化を意味する。この“初期化”という願念はコンピューターの世界だけではなく、人間の生き方にも適応できると思うからだ。

「再生」という以上、病や疾患がその前提となる。健康体には再生は必要ではない。人間は単なる物質的な存在ではなく、精神的な存在でもあるから、「再生」にも物理的な再生と同時に、精神的な再生も含まれてくるはずだ。

そして高等宗教といわれる宗教は時代と表現枠組みは異なるが、人間の再生を等しく説いている。

キリスト教神学は「再生」哲学を最も分かりやすく説明している。アダムとエバの人間始祖が罪(原罪)を犯した。それを救済するために、神は救い主(キリスト)を送る。その救い主を信じることで罪を犯す前の状況に戻ることができる、と主張しているからだ。罪から救済し、人間を本来の姿に戻すわけだ。すなわち、人間を罪から解放し、失楽園前の状況に再生するというわけだ。
 
iPSが世界の不治の病にある人々に大きな希望を与えたように、「再生」への願いは病人だけではなく、全ての人間が所有している羨望ではないだろうか。

米映画「Frequency」(2000年作、デニス・クウェード主演)を観られた読者も多いだろう。当方はその映画を観て感動した。警察官の息子と亡くなった消防士の父親がある日、無線機で交流するというSFの話だ。父親は避難口を間違えて消化作業中死亡したが、正しい避難口から逃げていたならば、父親はまだ存在できた。すなわち、人の一生で多くの選択の場面に出会うが、正しい選択だけでなく、間違った選択もする。そのため、本来行くべき人生の行路から次第に脱線していく。映画では、家族一同が助け合って間違った選択を修正し、再会するシーンで終わる。

間違いを修正し、正しい選択を探す。人生はその繰り返しかもしれない。修正できる時間がなく、間違った人生を最後まで突っ走していくケースも少なくない。

人は「あの時、こうしておけば良かった」とか、「なぜ、自分はあの時、あのように選択したか」といった悔いを抱きながら生きている。自分が選んだ全てが正しかったと誇れる人はごく限られているはずだ。

そこで人はその間違った行為、選択を初期化し、その前に戻れればどんなに幸せかと漠然と考える。それが「再生」への願望であり、宗教はそのような人々にさまざまな再生の道を提示してきたわけだ。

再生医学の登場は、わたしたちが失いかけていた「再生」への願いに現実性を与えてくれているように感じる。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年3月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。


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