反原発派の5つの法則

2014年04月23日 21:45

ツイッターでちょっとつぶやいたらいろいろな人から追加情報があったので、まとめておこう。反原発派にはいろいろな特徴があるが、次のような共通点がある:

  1. 確率を知らない:リスクは「ハザード×確率」で決まる期待値だが、彼らにとってはハザードがすべてで確率はつねに1だ。河野太郎氏の「青酸カリで死ぬ人はほとんどいないけど、タバコで肺がんになって死ぬ人はたくさんいる、だからタバコが青酸カリより危険?どういう理屈なのかな」というつぶやきがその代表で、彼は確率をかけないでリスクを考えている。

  2. 費用と便益を比較できない:エネルギーが発生するときはつねに環境は汚染されるので、その費用とエネルギーのもたらす便益のどちらが大きいかを比較しないと結論は出ないが、大島堅一氏は「原発ゼロの費用は明らかだが、便益は何ですか。それは費用より大きいんですか?」という私の質問に答えられなかった。
  3. 安全と安心を区別できない:安全性は定量的に比較できるが、心理的な「安心」は人によって違う感情なので、比較できない。山崎元氏は「(原発停止は)国民一人せいぜい年間4万円くらいのコストなら、安心と希望で十分ペイする」というが、それは彼の個人的な希望であり、私はそうは思わない。政府が彼の希望だけを実行する理由はない。
  4. サンクコストを知らない:過去の立地対策などにかかったコストは回収できないので、今後のキャッシュフローとは無関係である。しかし大島堅一氏は、過去の電源三法交付金などを今後のコストに算入している。同様の錯覚は「核燃料サイクルにここまで投資したのだから再処理はやめられない」という原発推進派にもみられる。
  5. 変動費と固定費の区別ができない:原発をこれから建設する電力会社はないので、建設費を比較するのは無意味だが、八田達夫氏はなぜか「新設の原発は明らかにペイしない」という根拠で再稼動に反対する。

以上のように反原発派の主張は、原子力と火力の費用と便益を定量的に比較するとまったく成り立たないが、そういう場合には「原発と石炭火力の単純な比較は、あえて言えば無意味だと考えます」というように比較を拒否するのが明日香壽川氏などの最後の手段である(彼らは実質的に原発のリスクが低いことを認めている)。

他の問題については合理的な議論のできる人が、原発に限ってこういう非論理的な話をするのは、最初に「原発は悪だ」という感情があって、その結論に合わせて論理を組み立てているからだろう。このような党派的思考がまともな政策論争を不可能にし、日本経済に大きなダメージを与えていることを自覚していただきたい。

なお私は反原発派の主張はナンセンスだと思うが、原発を推進すべきだと言ったことは一度もない。ニューズウィークにも書いたが、現状では原発を新規に建設することは政治的に不可能なので、社会的コストの低い次善の選択は(今後の技術開発を条件にして)石炭火力だと思う。

追記:以上は論理の通用する人である。福島の農民を人殺し呼ばわりして「確率計算できない事象のコストは無限大だ」という安冨歩氏には、議論ではなく精神科の治療が必要だ。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 青山学院大学非常勤講師 学術博士(慶應義塾大学)

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