現代人は「時間」の使い方こそ大切 --- 岡本 裕明

2014年04月27日 10:14

先日、「魔法の質問」でベストセラーを連発されているマツダミヒロさんの講演を覗いてみました。参加した理由は売れっ子講演家の話し方を学ぼうという全然違う目的だったのですが、参加して、ある面白いことに気がついたのです。

マンダラチャートと称する質問用紙をベースに参加者同士が質疑を交わしながら進める氏独特の講演スタイルの結果、自分がいま必要だと感じているのは「時間」と出たのです。もともとお金をテーマにした話だったはずですが出てきた答えは「時間」。これが意味するのは私を含め、現代人の生活がこの20~30年で急激に変化したこととそれに対して人間という個体が現代生活に十分にキャッチアップしているのか、という疑問そのものなのかもしれません。


自己啓発本には「成長」を謳うものが多く出ていると思います。自分が成長するためにはそれなりの努力をしなくてはいけません。努力するには時間とエネルギーが必要です。頑張って数多くのハードルを飛び越え、目標に達したとします。その時、あなたは(私も含め)、次の目標を設定していることが多いと思います。これは一つ目の成長を達成した時点で大変だと感じていた成長過程が自分の中で要領よく吸収されたため、「しんどい」と思わなくなっているのです。そこで「よし、次はこれ」「その次はあれ」と、どんどん自分を縛り上げているということかもしれません。

この流れ、世の中が全てうまくいっている時は問題ありません。ところがすべてうまくいく世界など存在しません。必ず、「あれっ?」という事態は出てくるのです。身近な例では収入を増やしたい→自分の労力ではなくお金に働いてもらおう→定期預金より株式投資→アベノミクスで大儲け→次は今まで以上に積極的に攻める というシナリオは必ず身近にある話です。これがうまく回っている間は良いのですが、株式市場が急落となれば損失に追証、泣きっ面にハチとはこのことです。こうなるともう努力なんて止めるという離脱組が出てくるわけです。これはストレスの一種と考えてよくまさに成長に伴う弊害のひとつです。

現代の最大の特徴はSNSなどを通じて情報過多で他人からの影響が非常に強くなり、それが自己への刺激となり、新たなる挑戦をする人が多くなったということでしょう。しかし、その弊害は見落とされがちだという点にも気がつかなくてはいけません。

実はマツダさんの講演を聞きに行った日は仕事が朝5時から夕方まで詰まっていました。正直、疲れていたのですが、2時間の講演が終わった後、奇妙にリフレッシュされたことに気がつきました。それは自分が効率化を高めた「業務マシーン」から解放され、全く違う世界に2時間浸り、頭の中の違う回路を回すことができたからではないかと思ったのです。

この時ハタと思ったのが、「忙しい時こその休憩」です。ここ北米の人は年間数週間の有給休暇をうまく活用するのですが、基本的に一週間単位で年に2、3回休暇をとる人が多いのではないかと思います。休暇明けは充電一杯なのか、割とよく働く傾向にあるように見えます。私などはかつて「このくそ忙しい時に…」と思ったこともあったのですが、休暇の効用がよく分かるようになってむしろ、「働きすぎだから少し休暇でも」と背中を押すことも無きにしも非ずなのです。

休暇が無理でも一日1、2時間の気分転換は非常に効果的なように思えます。ITディバイスから離れてフィットネスでもよいし友人と仕事から離れてのんびり話をするのでもよいでしょう。頭の中が渋滞気味になっているからこそ一息入れることも大事だと今さら改めて認識しました。

多くの人はネットにE-mail、さらにSNSのチェックと思った以上に時間を割いていますが、それは当然ながら十数年には無かった行為なのです。ならば24時間の枠は以前よりより短く、濃密な時間を過ごさざるを得ないということであり、我々は思った以上に疲弊し、ストレスをため、結果として犠牲にしているものが必ずあるのでしょう。それはかつての友人との付き合い、家族団らん、心のゆとりであり、美しいものをみても素晴らしい音楽を聴いても反応がなくなった時こそ本当の恐怖なのかもしれません。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2014年4月27日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。

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