情報「媒体」格差から情報「元」差別化の時代へ --- 岡本 裕明

2014年04月28日 10:51

少し前、東京や横浜の図書館で「アンネの日記」関連の書籍が破損する事件が相次いで発生しました。捕まった犯人像はよくわかりませんが、ドイツ・ナチスによって虐殺されたユダヤ人関連の書籍であることから人種差別に繋がる行動の可能性、言論の自由を脅かすものだと連日記事となっていたのは記憶に新しいと思います。


では、書籍が破られるのとネットでの炎上ではどう違うのでしょうか? どちらの行為も快く受け入れられるものではありません。ただ「アンネの日記」は破損の対象となった書籍の性格上、マスコミを動かしたことになったかと思います。しかし、ネットでの炎上は橋下大阪市長や小泉元首相のtwitter投稿など一部著名人のケースは例外として紙面で記事になることはほとんどありません。

まず考えられるのは、本は触れられるモノであることでしょうか? そのために、器物損壊事件として扱うことができるかと思います。これが、ネットの記事の場合は炎上による精神的苦痛なのですが、それを証明しにくいことでしょうか? そして、「あなたのブログが本になる!」という類のネット広告もありブロガーがその記事を目立たせるために過激なタイトルにエキストリームな内容にすることもあり、煽った結果が炎上になるケースもあるのでしょう。

ここに情報媒体の王者であるテレビメディアが加わると面白い構図が浮かび上がります。

2013年を風靡した「半沢直樹」。これは、かなり古い原作本がドラマ化されたことによって一気に認知度が高まりました(私も原作を読んでいたのですが、タイトルが違うのではじめは気がつきませんでした)。

また、テレビの取材となると「あのテレビに出ていた人」と注目が集まります。ネットが普及する前は、TV局や番組制作会社の人たちが足を運び口コミを元に情報を収集していました。が、今はネットからの情報源も多いのではないでしょうか。一昔前流行ったハワイ生まれのパンケーキ、クロワッサンとドーナツが合体したクロナッツはネットから火がついたものとしてテレビなどが取り上げました。

テレビによって情報は爆発的に拡散しますが、その情報元を辿ってみれば本やネットであることが多いのです。その本もネットでの口コミで注目が集まったりするわけですから、こうなるとどれが優位で劣位の関係にあるのか分かりません。これらの媒体の発信者側としては双方向に依存しつつも、それぞれのシェアは奪われたくないのです。

では、我々受信者はどうすべきでしょうか?

ある講演で情報格差は、昔はパソコンを持てる先進国、持てない開発途上国の間に境界線がありましたがパソコン、スマホが広く普及した今では、努力し自立度の高い人と努力なく自立度の低い人の境界線へと変わった、という話を聞きました。

この講演ではパソコンという切り口の情報格差でした。これをネット、本、テレビで線を引くとどうでしょう? 数か月前のブログでは本を読まない大学生が4割ということを書かせて頂きました。ネットもしくはテレビのみが情報元の場合、知識の偏りがあるでしょう。媒体で線を引くのではなく大所高所から食わず嫌いをせずに知識を得ることが重要なのかもしれません。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2014年4月28日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。

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