連載 GPIF改革の論点 (6) 日本国債への投資は過大か?

2014年05月03日 16:43

ガバナンスの議論もまだ尽くしたとはいえないが、具体的なポートフォリオの議論に関心の強い読者も多いと思うので、今日からは、少し運用資産や手法の話をしよう。まずは、日本国債からだ。

現在のGPIFは日本国債へ過大な資金配分をしている。しかし、日本国債はインフレリスクがあり、価格下落リスクがある、安全志向が歪んだ形で過大投資になっている、だから、即刻、日本国債を売り払って、日本株を買え、ということにはならない。

むしろ、日本株への投資の方が過大だという見方もあるのだ。

今日は冷静に議論してみよう。


現在、GPIFは、5年タームの基本ポートフォリオがある。これは、中期的に(5年)どのような資産構成を基準として目指すかというものを示したものである。国内債券並みのリスクで効率的に運用するということになっており、一方、全体の目標利回りは概ね名目で4%となっていることから(目標利回りの議論は非常に重要なところであるが、テクニカルな面もあり、ここでは概ね名目4%ということで議論して置こう)、この2つの目標を同時に満たすようなポートフォリオ(資産構成)が求められる。

ここですぐに問題になるのは、国内債券、要は日本国債なのだが、この利回りは現在10年物(満期まで10年のもの)で0.6%程度であるから、国内債券並みのリスクと言われれば、国内債券を中心に運用することになるのが普通であるが、100%国内債券で運用すると目標利回りの4%に到底届かないということである。この矛盾も後日議論することとしたいが、現実的には、国内債券を中心としつつ、運用対象資産を多様化して、分散投資の効果を最大限取り込み、リスクを抑えながら、できる限りリターンを高め、4%にできる限り近づくようにベストを尽くすということになろう。

現在の中期目標として設定されている基本ポートフォリオは、国内債券60%、国内株式12%、外国債券11%、外国株式12%、短期資産5%となっているが、これは、前述のような考え方の結果、こうなっていると思われる。

明らかに、国内債券、日本国債に偏った運用になっており、私個人の見方としても割合が高すぎると思うが、一方で、それなりの理由もある。今日は、日本国債で運用するメリットとデメリット、望ましい投資方針について考えて見たい。

まず、分散投資としてリスクを抑えつつリターンを高めるという運用の大原則からは、過大投資である。これはホームバイアスとして投資理論では知られている現象で、自国の馴染みのある資産に過大に投資してしまう傾向が投資家にはあることを指すが、このホームバイアスの典型だ。

ただ、GPIFの場合は、GPIF自身の意向というよりは、政治的な性向、これまでの経緯などがホームバイアスを生み出していると思われる。このようなバイアスを除いて考えれば、国内債券と外国債券とを分けて考える意味はなく、一定の利子が支払われるインカムゲイン(毎期の所得により投資のリターンを得ること)を得る金融商品としてまとめて、グローバルフィックストインカム(固定収益)あるいはグローバル債券というカテゴリーを作ったほうが、国内、外国に分けるという、そもそもバイアスを意図的に生み出す、あるいは正面から認めるやり方を変えたほうが良いと思われる。

グローバルで一括にした場合、その中で日本の債券、わかりやすくここでは、債券をすべて政府発行の国債として考えると、日本国債は、どの程度投資するべきであろうか。一つの考え方は、世界中の国債発行残高に比例して、ポートフォリオを持つと言う考え方である。つまり、分散投資の究極は市場全体を持つことであり、世界の国債市場の全体を同じ比例配分で、GPIFという一投資家もポートフォリオを組むと言う考え方だ。

そうなると、日本国債は20数%ということになる。今の60%よりははるかに低くなる。では、この20%強という割合が望ましいのかというと、そうでもない。なぜなら、日本の経済規模は世界の経済規模、GDPで見ると10%弱である。したがって、世界経済の実体を反映しているのが金融市場であり、世界の実体経済の成長を享受するのが、金融投資であり、運用であるとすると、10%弱と言うのがターゲットになるはずである。しかし、日本国債はそれよりもはるかに多く存在している。だから、金融市場を債券発行残高として捉えると、はるかに大きな割合20%以上となるのだ。

では、どちらが望ましいのか。両方考え方があるが、なぜ日本国債の残高が多いのか、という問題を考える必要がある。それは日本政府が多くの借金をしていると言うことに他ならない。そして、それは日本がどこよりもこれから成長していくから、将来の成長を先取りして、借金を先行させ、経済を成長させようとしているからではない。一般的な見方は財政規律が緩んでおり、その分多額の国債が発行されているということになる。

したがって、その分リスクが高い、長期的な健全性に疑問が付くのであり、だからこそ残高が多くなっているものをあえてそれに比例させて買うというのは、おかしい、ということになる。

これはEUでも問題になった話で、ECB(欧州中央銀行)などがユーロ圏の国債を買い入れるときに発行残高比例で買うと、イタリアやスペインなど財政の健全性に疑問があるものを多く買うことになってしまい、それでいいのか、という議論があった。

ただ、もちろん、国債には格付けがなされており、安全性はその格付けで判断すればよい、という考え方もあるので、残高が多いことがリスクが高いということになるわけでもない。ただし、やはり、残高が借金大国だから多いのであって、その分多く投資すると言うのはおかしな話で、本来であれば、実体経済の規模に比例して、債券投資全体の10%弱を日本国債とするべきである。

つまり、簡単にまとめると、ポートフォリオはグローバルエクイティ、グローバルフィックストインカム、その他(オルタナティブ)、短期資産(現金を含む)というのが本来あるべきポートフォリオの大枠であり、その中で、日本国債は、グローバルフィックストインカムの中のソブリン(国債)に位置づけられ、世界全体の国債の中の10%というのがひとつの理論的な妥当値ということになる。

そうなると、現在のGPIFの60%と言う配分割合は余りにも高すぎることになる。そうなると、即座に国債を売れ、ということになりそうだが、実際にはそうはいかないし、そうは行かないだけでなく、現実的には合理性もある。なぜか。

自国国債への投資にはさまざまなメリットがある。まず、自国という点に関しては、第一に、為替リスクがない。これは国内株式にも同様にいえる。これは当然大きい。第二に、最悪の事態を迎えたとき、すなわち、政府が財政破綻し、国債の元本が返って来ない、あるいは支払い延期(リスケ)された場合に、外国国債よりも自国の国債の方が歴史的に見て返済される可能性が相対的には高い。さらに、公的年金という性格を利用して、政府との交渉が、他の投資家よりも有利になる可能性がある(逆の可能性も理論的にはあるし、そういう状況もありうる)。しかし、最も大きいのは為替リスクがないことだ。

第二に、国債への投資のメリットは、破綻リスク、つまり、元本がすべて失われるリスクが小さいことだ。政府が財政破綻した場合でも、弁済率が50%を切ることはあまりない。インフレ率なども大きく関係するが、支払い延期になったとしても、部分的には返済されることが圧倒的に多いのだ。これは、普通の企業の社債に投資するときと大きく異なる。世界銀行やアジア開発銀行などの国際機関が発行する債券を含めて、そのようなメリットは大きいと思われる。

第三に、フィックストインカムのメリットだ。利回りが確定しているから、満期まで持ちきった場合に、債券自体の市場価格や時価評価がリターンに影響しない。もちろん、デフォルトが起きないという前提ではあるが、前述したようにデフォルトしても元本がすべて失われることはほとんどないことと相まって、これは投資の非常に大きなメリットとなる。

第四に、日本国債とそのほかの国債に限っていえることであるが、流動性が高いために、GPIFのような巨大なポートフォリオから売却して現金化する場合に、ロスが小さくなる。池の中の鯨が市場を動かす懸念、つまり、自分で売ろうとして自分の売却証券の価格を下げてしまうリスクがあるわけだが、そのリスクが一番小さいのが流動性の高い国債だ。だから、ポートフォリオを動かす場合、何らかの理由で換金(現金化)しなければならなくなったときに非常に便利である。

ここで、私が強調したいのは、第三のメリットだ。時価が関係ないという点は極めて重要だ。特に、GPIFのような公的年金の運用に置いては、長期であり、他の運用者との相対的な運用成績を競う必要もなく、資産の時価評価の影響も受けずにすむという、投資、運用における大きなメリットがあり、これらのメリットを最大限活かす投資手法が、フィックストインカム中心の運用ということだ。長期であり、時価評価が関係ないという機関投資家は他にはほとんどいない。その結果、時価(とりわけ市場価格)の存在する資産に投資対象が限られ、その時価評価に応じて、投資行動を変化させなければ行けない投資家、運用者は、これらの制約条件に縛られる中、自由なGPIFは自由に投資ができ、時価暴落の危機、あるいは時価暴落の危機があるとおびえる事によって、投資手法や運用対象が制限されることがなく、その分高いリターンを享受できる可能性のある資産を運用対象とすることができる。

日本国債も、もちろんデフォルトリスクはゼロということは理論的にも現実的にもあり得ないが、その可能性はほとんど無視できると思う投資家であっても、価格下落リスクには敏感にならざるを得ない。デフォルトするのとデフォルトリスクとは全く異なる。デフォルトリスクが高まったという認識が広がれば、国債は大幅下落することになるだろう。しかし、デフォルトするわけではない。しかし、上場株式と違って、大幅下落がスパイラル的な暴落に繋がる可能性は国債の場合低い。なぜなら、株式は配当はあるが、基本的に値上がりによるキャピタルゲインを狙う投資家がほとんどだから、大幅下落が始まったと思えば、すべての投資家がいち早く売ろうと殺到する。そうなると、実際に暴落となるから、やはり一刻も早く売ったほうがいい。したがって、売りが売りを呼び、暴落スパイラルとなるのだ。このとき、自分は配当狙いだから関係ない、値下がりは気にしない、むしろ買いチャンスだとなればいいのだが、そういう投資家はほとんどいない。時価会計の影響、出資者の意向、恐怖があるから、やはり逆張りでじっくりと構えるわけには行かないのだ。

ここに、GPIFのチャンスはあって、長期投資で時価が関係ないということで、国民と政治の信頼が十分にあれば、暴落はチャンスと買い向かうことができる。実際のGPIFにそれができるかどうかは、まさに国民と政治家次第、ガバナンスの成果次第、あるいはガバナンスの前提となる基礎的な信頼次第ということは、これまでの連載で述べてきた。

さて、上場株式に比べ、国債の場合、とりわけ日本国債の場合に、このリスクは小さい。なぜなら、多くの投資家がインカム狙い、利回り狙いで、満期保有をすることを想定しているからだ。そうなると、売りが売りを呼ばない。値下がりすれば、それは買ったことを後悔し、値下がりしてから買えばよかったと思うが、後悔はするものの、投げ売っては自分の首を絞めるだけだから、機会損失は甘んじて受けて、満期まで持ちきることになる。政府がデフォルトしないという前提はあるが、多くの場合は、それは満たされるから、値下がりリスクの実現に対する対処法が異なることから、日本国債の場合は、価格下落リスクがスパイラルリスクにならない。これは投資の大きなメリットだ。

したがって、GPIFのポートフォリオが、フィックストインカム全体の10%よりも高い割合で日本国債を持つことは合理的なのである。前述した、為替リスクなどのメリット、そもそも年金支払いのためのインカムが必要な運用機関であることなどをあわせると、さらにその正当性は高まる。

もちろん、現在は全体の70%程度が債券で、60%が日本国債だから、それはあまりに高すぎるということも事実であり、投資割合を減らすべきであることも事実ではある。

さらに、現実的に考えると、国内債券並のリスク、つまり、日本国債で全額運用したときと同じようなリスクで、分散投資により、少しでも高いリターンを狙うという方針であるときに、日本国債中心で、それに他の資産で少しだけ味付けをする、というのは非常に合理的である。やや安直であるともいえるが、実際のところ、多くの運用者、投資信託やその他のファンドの運用者も、日経225平均やTOPIXをベンチマークとして日本株の運用をする場合には、ほとんどこれらのベンチマークをフォローして、自分の選別した銘柄を多少味付けとして強弱をつけるというのが一般的だから、GPIFだけが安直なのではなく、またそれは安直なのではなく、これまで議論してきたとおり、委託運用という構造にともなく必然的な歪、運用のロスなのである。

(つづく)

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