連載 GPIF改革の論点 (7) 日本国債投資のメリット、デメリット

小幡 績

前回は、後半にメリットをまとめた。第一に為替リスクがないこと。第二に100%回収不能になる確率が極めて低いこと。第三に満期のある利回り商品であることから、確定したキャッシュフローがあること。第四に満期があるので、時価を無視して持ち切る戦略が取れ、価格下落リスクに耐性があること。第五に、その結果、上場株式などの市場性、流動性が高く、同時にキャピタルゲイン狙いの投資家が大半の資産に比べて暴落リスクは小さいこと。第六に、危機的な局面では市場価格(時価)を無視でき、通常局面では、高い流動性を活かして、日常的なキャッシュアウトができ、ポートフォリオの細かい変更に対する柔軟性があり、そのコストも低いこと。第七に、出口戦略に置いて、満期落ち(満期まで持ち切り、その後ロールオーバー(買い替え)しない)で自然に資産規模を落すことができ、規模の大きな運用機関に向いている。第八に、市場が大きいので、多額の投資を吸収できる余地がある。


これで明らかなように、年金運用は、長期であり、キャッシュフロー重視であるから、基本的に、フィックストインカム投資(債券などの固定利回り投資)が適しているのであり、エクイティがその中心になるのは難しい。本来は、債券や株式というよりも、インカムゲイン狙いとキャピタルゲイン狙いの投資があり、前者が年金運用に向いており、リスクをとりたければ、格付けが相対的に低く利回りの高い商品を狙うべきである。同時に、これは、他の投資家やトレーダーの時価評価(多くの場合は市場価格)を気にせず、自分でその資産の価値(普通は将来キャッシュフローに基づく)を評価するだけで投資することができる投資が向いているのであり、私独自の定義だが、これこそが「ファンダメンタルズ投資」である。

したがって、日本国債のメリットとしてあげたが、満期あり、持ち切り可能、キャッシュフロー確定という点で、グローバルの債券、インフラ、不動産(インフラとは不動産だ)などへの投資は優れている。不動産の優位性については、また別に議論するが、実物資産であり、キャッシュフロー、収益利回りを得る不動産は、金などの貴金属や原油などの資源、穀物などの商品への投資とは全く異なる。一方、株式投資でも、配当利回り狙いの投資や、メザニンと呼ばれるエクイティ(資本)とデッド(負債)の中間の証券への投資なども向いているはずだ。

さて、一方、今日は日本国債への投資のデメリットを考えて見よう。

普通はリスクを考えるのであるが、デメリットである。似て非なるものだが、リスクはデメリットの主要な部分であるが、デメリットはすべてリスクと呼びなおしてもよいが、一般的なリスクとは違ったものも含むので、ここではデメリットという言葉を使う。

第一に、リスク分散が難しい。日本国債と言っても、リスク資産としては多様な資産の集合体である。物価連動債もあるが、一般的には満期によって、全く別物の資産となる。満期が一年未満の短期国債を別にしても、2年物(満期まで2年)と5年物、10年物、あるいは20年物、30年物はすべて別の資産であり、市場も違えば、投資家も異なる。投資家が異なれば、それらの投資家の行動によって生み出されるリスクも異なるから、これらは全く別物のリスク資産と考えた方がいい。

実は別物であるというのはメリットで、いわばリスク分散投資ができるということである。しかし、これが困ったことに、日本国債というリスク資産商品群には当てはまらない。発行体が日本政府という同一の主体で、政府破綻リスクに対してのリスク分散ができないからだ。これは日本国債の大きなデメリットであって、最大のリスクである。逆に言えば、これだけが大きな問題であって、そのほかのリスクは瑣末な問題だ。

第二のデメリットは、インフレリスクで、世間ではこれが最大のリスクだと思われている。国債暴落と騒がれることもあるが、実際は、日本政府がデフォルトするリスクに怯えて投資家が国債を投げ売るというシナリオを想定していることはほとんどなく(テールリスクとしてはあるし、私はやはり最大のリスクだと思っているが)、インフレが進むことによる価格下落リスクが念頭にある。だから、アベノミクスでインフレ率2%を確実に達成する、という目標と、GPIFに国債を売らせるという政策は整合的だと、一部の有識者には思われている。

これに対応するために、物価連動国債を買うという手段がある。物価連動国債とは利子が固定ではなく、インフレ率に応じて決まってくるものである。元本は固定(あるいは保証)のものから(元本はインフレによって変動しない。インフレリスクがあるともいえるが、デフレリスクがないとも言える)、さまざまな形がありうるが、私個人の意見としては、これは無意味だと思う。

なぜなら、日本においては、物価連動国債の発行額が小さく、投資家も少ないことから、市場が確立しておらず、そこへGPIFが大量に購入することは、実質的に、政府との相対取引になってしまい、価格や条件面で不利になってしまうということだ。逆に相対を逆手にとって、GPIFに有利な条件を引き出すことも理論上は可能であるが、実際には難しいと思う。

これは、GPIFと日本市場の現在の状況に固有の問題であるが、一般論としても、根本的に、インフレリスク対応として物価連動国債を買うのはリターンを上げるという観点では望ましくない。あくまで、普通国債に比べて割安であった場合に、裁定取引として、キャピタルゲイン狙いで買うべきものである。外債投資に為替ヘッジをかけるようなもので、リターンの多くを犠牲にするだけである。インフレリスクへの対処法としては、そもそも日本国債への投資を減らすことであり、それを物価連動国債へ振替えることではない。それは、インフレリスクよりも、発行体の信用リスクの方が重大であるからである。そして、インフレリスクへのヘッジはエクイティ投資と相場が決まっていて、だから債券と株式に分散投資しているのであり、投資先を普通国債から振替えるのであれば、リターンを生む実物資産にするべきで、株式、不動産が望ましく、その観点で、インフラ投資は正しい対処法である。昔からの投資格言でも、現金(現預金)、株、土地という資産三分割であり、国債は個人にとっての現預金に当たる。

インフレリスクは、実際には複雑だ。なぜなら、教科書的には、国債の価格を決める名目金利は、インフレ率と実質金利の和だが、実質金利というのはひとつの価格が存在するのではなく、実体経済で平均的に実現していると思われる価格に過ぎない。したがって、名目金利の方が実際の市場で市場価格として決まってきて、それと経済統計のデータであるインフレ率の差をとって、実質金利はこのくらいだ、と推測しているからだ。

最大の問題は、実体経済における金利と、金融市場における金利とが、全く別の原理で決まっており、その差であるインフレ率という図式は存在しないからだ。いわば、一般的に言うインフレ率とは、実体経済における、普通のモノのインフレ率、パンとか、玉子とかガソリンのインフレ率であり、金融市場におけるインフレ率とは、資産インフレの率なのだ。

つづく