出版業界で食う(3)出版社、編集者には存在価値がある、と信じたい

2014年05月11日 14:00



少し間隔があいてしまったが、先日、下北沢B&Bで行った『「できる人」という幻想』出版&生誕40周年記念独演会、ダイジェスト版第3弾、最終回をお届けしよう。当日の内容に一部加筆・修正してお届けする。第1回第2回もよろしければご覧頂きたい。最終回は、出版社、編集者の役割について、だ。


■出版社、編集者には存在価値がある、と信じたい
これは人により、意見が分かれると思うのだが、私は大手・中堅くらいのクラスを中心とした出版社から商業出版で出す本と、個人がAmazonで出版社や編集者をつけずに出す電子書籍、言うまでもなく個人のブログなどは別物、別格だと思っている。いや、同じだったら困る。なぜならそこは、出版社が、プロの編集者がついているのだから。

本を「つくる」「売る」という行為において、大きな差がでる、はずだ。一人で書いたものは、一人よがりになってしまう。ちゃんと読者が理解できるもの、響くもの、買ってでも欲しくなるものになっているかどうか、著者だけでは分からない。著者と読者をつなぐ役割、強い商品を作る役割が出版社、編集者にはあると思いたい。「売る」という行為においても、だ。よっぽど知名度があるなら別だが、個人で本を告知し、売るのには限界がある。

私が特に編集者に期待していることは、想定される読者の期待や反応を冷静にジャッジしてもらうことだ。

今年はだいぶ出版のペースを落としているのだが、おかげ様で常に執筆の依頼があるし、連載もたくさん持っている。だんだん何を書けばいいのか。何が面白いのか、感覚が麻痺してくる。

もちろん、今はネットの時代なので、エゴサーチしたり、記事の反応や、本のレビューを読むことは簡単にできる。ただ、これは代表的なようで、偏っている声だともいえる。ネットニュースの場合、どれくらい拡散したか、どんなコメントがあったかなどは、わかる。ただ、これだけを信用してはいけない。実際の読者のマジョリティは物言わぬ市民なわけで。あと、書籍の場合も、Amazonや各種レビューサイトでレビューを書くのはよっぽどのファンかアンチなわけで。

だから、編集者の嗅覚、感覚を頼りにする。私は「これ、面白いですか?」という問いかけを、よくする。特に書籍を書くときは、身も心もすり減らして書くわけで。そこまでしてやらないと意味がない。でも、そんな状況で冷静な判断ができるわけではない。

納期はもちろん、質のマネジメント、何よりも方向性についてのプロデュースというのは編集者に期待されることだと思う。

だから、出版社、編集者には存在価値があると信じている。

ただし、これは出版社、編集者が「機能している」場合である。彼らが売ってくれる、プロデュースしてくれるという機能を果たさない場合は、出版社、編集者不要論が起こるのだろうし、実際起こっていると言える。売ってくれない出版社、プロデュースしてくれない編集者など、介在する価値がない会社、人がいるということなのだろう。

私は、基本、出版社、編集者は今後も残ると信じているのだけど、それは「機能している」という前提でなりたっている論理である。だから、今後も淘汰は進むだろうし、進んでいいと思う。

■強い企画、面白い企画を作るという当たり前のことに取り組む
今回の『「できる人」という幻想』は、その点、出版社と編集者に恵まれたと言えるだろう。

昔から、やりたい出版社だった。2年くらい前に、シンポジウムで同じ会社の編集者とご一緒したのだけど、レベル感の違いにただただ驚くだけだった。この出版社の、同じレーベルで出している著者は大御所ばかりだし。まさか私に声がかかるとは、と驚いたものだ。

とはいえ、この出版社とは前からやりたかったものの、ご依頼を頂いた頃は、私は修士論文の執筆を控えていたし、執筆活動自体、ちょっとペースを落とそうと思っていた頃だったので、実は、断る気満々で打ち合わせに臨んだ。

しかし、担当編集者は、私のこれまでの著書を丁寧に読み込んでいて、長所と短所をちゃんとわかっていたし、こんなものを書いて欲しいという依頼内容が実に面白かった。

「これは、断っちゃいけないな」
いや「やりたいな」と思った次第だ。

そして、この「強い企画、面白い企画で口説く」というのは、編集者に限らず、すべてのビジネスパーソンに共通するものだと思う。あなたが、営業の成績が悪いのは、提案内容がよくないからだ。あなたの企画が通らないのは、企画が面白くないからだ、弱いからだ。企画書作りに時間をかけろと言っているわけではない。この辺は、意識高い系の人は、企画書だけは見栄えの良いものを作ってくる。肝心の提案内容が面白くなければ、どうしようもない。この変は会社の知名度などと関係ない。

個人的には、企画提案を受ける際はがっかりすることの方が多い。そういう会社が、個人が、社会ではさも新しいことに取り組んでいるように煽られていて残念な気分になるのだが。

競争環境が厳しいからこそ、いかに強い企画、面白い企画を作るか、ここはもっと努力した方がいいと思う。

今回の出版社、編集者は実に気持ちよかった。気持よく書かせてくれる一方で、アドバイスがいちいち的確だった。個人的には、プレッシャーをかけられるとダメな方なのだけど、とはいえ、放置されるのもダメなわけで。自分にとってちょうど良かったと言える。

以前、このエントリーでも書いたが・・・。

「想像以上の場所に連れて行く」プロデューサーというお仕事 佐久間正英さんのドキュメンタリーで考えたこと –

ミュージシャンにとってプロデューサーが大事であるように、著者にとっては編集者が大事なのだ。そして、強い企画、面白い企画を作ることができるか。これが鍵である。

■出版社の営業担当者よ、主張をサボるな
出版社の営業担当者についても言いたいことがある。先ほどの強い企画、面白い企画作りのためには、営業担当者の自己主張が大事だと思う。

15年間のサラリーマン生活のうち、8年半はリクルートに、3年半は玩具メーカーにいたのだが、そこには「すごい営業」と言われる人たちがいた。もちろん全員ではないし、スキル差はあると思うのだが。特にリクルートは「営業会社」と揶揄する声もあるわけだが、営業が商品・サービス作りによい貢献をしていたのも事実だと思う。この企画で売れるのか、これは商品として強いのか、読者は、顧客は喜ぶのか。そんなことを真剣にフィードバックしていた。

中には、企画を「つぶす」人もいた。これは売れない、やめてしまおう、と。当時はカチンときたこともあったが、今思うと、これはこれで正しい判断だと思う。誰も喜ばないものなど、やめた方がいいんじゃないか、と。

出版社においても、営業はもっと自己主張した方がいいと思う。この商品で、売れるのか、と。もちろん、「市場のニーズをきく」という美名のもと、短絡的に売れているものの要素を並べて作ろうとするのも違うと思うのだけど。実際は、上場ベンチャー企業、成長ベンチャー企業なんかにいる意識高い系営業マンはこのタイプが多くて面倒なのだが。・・・最近、ベンチャー企業が嫌いでしょうがないな。すまない。いや、本当、彼らのスキル、マインドは疑った方がいいと思うのだけど。

話がずれてしまった。

出版社の営業の中には「白い紙でも売ってみせる」と言っている人さえ、いる。それはそれですごいことなのだけど、マーケティングの仕事をしているという気概をもっと持って欲しい。商品作り、シーン作りに絡んでいる、と。

あとは「売れる」をいかにデザインするか、と。例えば、玩具メーカー時代のエース営業マンたちは「すごい売り場をつくる」というノウハウを大事にしていた。1箇所でいいから、どこかでの店舗で、すごい売り場、つまり陳列をよくしてもらって、試作品を飾り、ポスターやPOP、液晶ディスプレイに映像なども用意する、と。何かイベントもやると。これだけやると売れるし、話題にもなる。他のお店にも影響を与えることができる。そして、これだけやって売れないなら、やっぱり商品が悪かったという話になる。

どうやったら強い商品ができるのか、売れるのか。真剣にデザインしてほしい。

少しだけ、補足をすると、別にバカ売れするのがいいとは限らない。ターゲットとする読者に、適切に商品が届くかどうか。これをデザインする力が弱くなってないか、と。

私は書籍が完成した打ち上げの時には、営業担当者も呼んでもらうようにしている。彼らに、書籍にかける想いを伝えるためだ。市場の反応を聞くためだ。

日本を動かしているのは、ウルトラマンではなく営業マンだ。出版業界に限らずだが、頑張れ、日本の営業マン。

というわけで、3回にわけてお届けしてきた。愚痴っぽくなってしまった。自分がどこまで生き残れるか分からないが、まずは、日々、激しく生きることから始めよう。魂かけているミュージシャンたちに負けないように。

ありがとう。

常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

関連記事

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑