若者よ、酒を飲もう! --- 岡本 裕明

アゴラ

「日本のビジネスは午後5時から始まる」

一昔前、海外でもてはやされた日本を揶揄する表現の一つです。その意味は日本人は本音と建前を使い分け、日中は組織の中に埋没しているけれど、一旦気心知れた仲間内とアルコールの力を借りれば延々と本音を話し続けるというわけです。ですので、ビジネスも核心を知りたければ担当者を引っ張り出して酒を飲み交わせば営業のコツを知ることができる、という意味なのでしょう。


日本の歴史を見ても寄り合いから通夜まで酒を飲むシーンは実に多く、逆に飲まないシーンと使い分けていると言った方がよいのかもしれません。

ところが、若者が酒を飲まなくなったということを時々耳にします。実態はある調査によればそんなことはなく、若者のアルコール摂取量は増えていますし、特に女性の愛飲者とその摂取量は急増しているという報告もあります。では酒を飲まなくなったと思わせるのはなぜでしょうか?

想像ですが、上下関係の中での飲酒、社内飲み会を避けているのかもしれません。飲酒量が増えたという点においては発泡酒などの安いアルコールが出回っていること、飲食店でも飲み放題パッケージを1500円程度でオファーしている店も多く、知らぬ間にたくさん飲んでいた、ということかもしれません。

では今日の主題、「若者よ、酒を飲もう!」とは何を目指しているのか、でありますが、コミュニケーションの促進であります。若者の飲み会には大体気心知れた人が集まるものでしょう。つまり、嫌な奴は既に除外されています。だから、会話も一方通行になりがちかもしれません。

一方、我々がワイシャツの袖をめくり、「口角の泡」でビールの泡を飛ばして論じていた相手は友達ではなく、会社の同僚や同じ部の人間。その人たちはビジネスという目指すものが同じであっても考え方は千差万別。それをああでもない、こうでもないと論じていたわけです。アルコールの力も借りて相手を制しながら「いや、そうじゃなくて…」などとやり合うわけです。そこには相手に対する一定のリスペクトを持ち合わせながら議論を通じて深堀する仕組みがあったように思えます。

今、再びコミュニケーションの重要性が問われるようになったのはなぜでしょうか? 私はSNSの弱点を補う必要があることに気がついたのではないかと思います。フェイスブックの1000人の薄い付き合いより5人のリアルの濃い付き合いの方がよいと考える人も案外多いものです。

SNSの優れた点は明らかに情報の拡散スピードであります。誰々がどこで何をした、何を食べた、何を見たという事実関係を中心に短い表現で一気に広がる仕組みがそこには存在します。一方、コミュニケーションはそれをベースに議論をすることであります。ところが今、その議論はどこかにすっ飛んでいるような気がします。よい、悪い、好き、嫌い、いいねといった極めて単純な感情反応が中心です。ブログが炎上する場合も「こいつ分かってねー!」といった短いフレーズで終わってしまったりするのです。では、そのどこが好き、どこが分かってないのか、説明せよ、と言っても論理的でかつ、人を説得させるコミュニケーションが取れなかったりします。

コミュニケーションとは相手を思いやる気持ちが必要です。つまり、先方の意見を制覇し、否定することではなく、その論点について相手を尊重しながら自分の考えを披露し、双方が影響を与えあうという関係なのです。これが現代社会で圧倒的に欠落していませんか?

酒を飲みながら議論をするとコミュニケーションのルールに出くわすこともあります。言ってから「しまった!」と思ったことは数えられないほどありますが、それが将来的にきちんとした会話ができるベースになっていた気もします。

酒の効用はこんなところにもあるのではないでしょうか?

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2014年5月25日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。