書評:『情報覇権と帝国日本』 --- 中村 伊知哉

2014年05月26日 10:01


情報覇権と帝国日本II: 通信技術の拡大と宣伝戦

有山輝雄東京経済大学教授「情報覇権と帝国日本」。開国から欧州の電信への依存、不平等条件の打開、通信覇権主義への参加、壮絶な挫折までを膨大な資料をもとに描く1・2巻計1113ページ。本書は、通信設備と通信社の整備の両面を同格に追います。インフラとコンテンツ、ハードとソフトの両面にわたる輸入、整備、自立、進出の夢。電気通信の普及と帝国主義・覇権主義との深い関わりを描く大著です。


情報通信インフラは主に国家の仕事として、通信社は主に民間の仕事として描かれますが、いずれも政治のトップと官僚による戦略、オモテの交渉、ウラの暗闘が国力を左右していく姿が生々しい。淡々とした事実に鬼気迫るものがあります。通信の外国への依存、国営、公営、民営という流れは、単純なものではありませんでした。今年は通信を公営から民営に切り替える決定から30年。もう一度、通信と国との関係を考えるにはいい時期でしょう。

江戸末期の開国後、海外との電信は長い間、通信ハードはデンマークの大北電信会社に、情報ソフトはイギリスのロイターに握られていました。帝国主義に遅れて窓を開けた日本として左右できる部分は少なく、それを是正することに対する先人の涙ぐましい努力に頭が下がります。日本政府がデンマークの大北電信会社と折衝しては破れる、その繰り返しを見ていると、今も日本だけでなく政府がGoogleのような企業に押さえ込まれ、その背後に列強がいる構図とさほど変わっていないと感じます。

明治維新、日清・日露、一次大戦を経て、軍事・安保機構としての通信システムの重要性が高まっていったことが資料から浮き彫りにされます。それは技術進歩と国際利害の交錯が高まる時期でもあり、政策判断の難しさは現在の比ではありません。一次大戦後、欧州の国家主義に対してアメリカが国際主義を標榜し、通信でも旧秩序に対抗したのは当然のヘゲモニー争いです。その狭間で、中国ナショナリズムの台頭もあって、日本が右往左往したのはやむを得ません。

また、本書の整理によって、1920年代の通信ヘゲモニーを巡る調整と意思決定は、逓信大臣・外務大臣・首相による高次な政治判断の連続であったことがわかります。今のIT・知財政策にそれだけの覚悟とプライオリティーがあるでしょうか。

北京に巨大な無線設備を建設すべく投資・整備しながら、その途上で技術が立ち腐れした件も描かれます。急激な技術進歩、激動する国際情勢、その中での投資と外交。うらやましいほどスリリングな国家政策だったと思います。

1935年に始まった短波による海外放送は、国際電話株式会社の設備を使って、日本放送協会が行ったといいます。逓信省・外務省が計画したというのです。へえっ、官製ハードソフト分離だったんだ。ちょっとしびれました。

国際電話会社設立は1929年小泉又次郎逓信大臣への出願から始まります。63年後の郵政大臣、小泉純一郎さんのおじいさんですね。お孫さんに(郵政事業でなく)通信政策の担当補佐として仕えたぼくは、イケイケ大臣という印象が強いです。

海外への情報発信面では、明治期はゼロに等しく、満州事変で情報戦・宣伝戦の重要性に目覚めながら、備えなく敗北。そこから力を入れたとありますが、現在に至るまで成功しているとは言えません。クールジャパンとして海外から勝手に評価されている点を除き。

一次大戦後、世界新聞専門家会議が開かれたのは、拡充し強大化するインフラ(ハード)に対する国際的なコンテンツ(ソフト)及び大ユーザのカウンター。料金引き下げやニュース所有権を求めたのは、現在のネットのコスト条件や知財の問題と符合します。

そうした100年近く前のハードとソフトの調整は、現在も参考になります。映像、音楽、書籍などに分断されたコンテンツは、大ユーザとしてネットに対し要請を整理すべきでしょう。そしてそのハード相手は、欧米列強ではなく、Google、Apple、Amazon、Facebook。

そして情報ソフト面では、1920年代、営利目的の英ロイター、仏アヴァス、独ヴォルフの先行組に対し、組合式の米APと国家事業の露タスとの3モデルを前に、日本はAP型を選びました。現在の電通や共同通信は、帝国主義時代の産物でもあります。

ロイターの東アジア独占から1933年に契約が自由化されるまで、日本は開国から80年間、海外への情報発信権が縛られていました。国力を増強する過程でいかに対外発信に苦労したかは知っておいてよいでしょう。

そもそも通信政策はなぜ存在するのか。淵源はこうした国際戦略にあると考えます。auやソフトバンクを規制しながらGoogleを非規制にしている現在の通信政策は、必要かつ正当なのか。根本的に整理すべきと思うのです。

通信政策が国際戦略とともにあったのは30年前、ぼくが入省した年の通信自由化での対米交渉。国の管理と自由化=米国化のせめぎ合い。当時、ふうん大人のケンカって西洋人も東洋人もエゴむき出しなんだ、と思って見ていました。ただし、ついでに告りますと、当時、米国とともに財界・マスコミ工作した通産省は国賊で、郵政省は頑に過ぎ、外務省はアテにならず、その点、米国はなかなかいい線の要求をしている、と担当として内心思っておりました。

次の通信国際問題はその5年後、89年の携帯・自動車電話市場開放。というかモトローラごり押しvs小沢一郎特使のバトルです。その一連の摩擦以降20年ほど、通信戦争はありませんからねぇ。政府に海外とやり合うリアリティーは失せているかもしれません。

2002年、光ファイバー通信のワールドコムが5兆円の負債で倒産した際、日本のある通信の重鎮が「外資を集めてインフラを整備して、潰して安価なアメリカの資産にする。国家戦略だよ。」と言ったのが忘れられません。世界の戦略ってものは、そんな具合に姿かたちを変え、せめぎあっているわけです。

読後感。ぼくは100年前に生まれても、逓信官僚を目指したと思います。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2014年5月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。

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