イラク軍はどこへ消えたのか --- 長谷川 良

アゴラ

当方はイラク出身の友人アミール・ベアティ氏からフセイン時代のイラク軍の優秀さを聞いていた。友人はイラク軍の階級を詳細に説明しながら、イラク軍が如何に優秀で規律の取れた軍隊かを語ってくれたものだ。そのことがまだ記憶に残っている当方はここ数日、バグダッドから流れてくる国際テロ組織アルカイダ系スンニ派過激派武装組織「イラク・レバント・イスラム国(ISIL)」の攻撃にあっさりと敗走したイラク軍のことがにわかには信じられなかった。オーストリア日刊紙プレッセによると、「14師団のうち4師団が消滅してしまった」という。彼らは何をし、どこへ行ったのか。


スンニ派過激派グループはイラク第2の都市モスル市を奪い取ると、石油都市のキルクーク市など周辺都市を次々と占領し、首都バクダッドに向かっているという。モスル市やキルクーク周辺を警備していたイラク軍2師団約3万人の兵士たちは数千人規模の過激派グループの襲撃に抵抗せず敗走したというのだ。ある軍人は過激派が攻撃してくると、軍服を脱いで私服に着替えて去ってしまったという(プレッセ紙)。唯一、慰めはクルド系自治軍がスン二派過激グループを追い払うなど軍としての強さを発揮したことだろう。

米国は過去10年間、250億ドルを投入してイラク軍の強化を図ってきた。武器を供給する一方、軍事教育を施してきた、その結果が数千人規模のスンニ派過激派の攻撃に応戦できない弱体軍隊でしかなかったわけだ。ワシントンもさぞかし驚いたことだろう。イラク軍を訓練した米軍関係者のショックはどれだけ大きいだろうか。フセイン独裁政権崩壊後、米軍から即製されたイラク軍は武器は調達できたが、兵士の気概や愛国心は輸入できないから、国を守るために闘うといった心構えが皆無な兵士が少なくないわけだ。

ショックを受けたのは米軍関係者だけではない。イラクのシーア派最高指導者シスタニ師は6月13日、同国のシーア派信徒に対し、首都バグダッドに向け進軍するスンニ派テログループに対して武器を取って徹底抗戦するよう呼びかけている。信頼できるのは軍隊ではなく、シーア派信徒たちだというわけだ。マリキ首相は急遽、義勇兵を募り、バグダッドの防衛に乗り出してきた。

それだけではない。シーア派の拠点、イランのロウハニ大統領は「イラク政権の苦境を無視できない」として可能な限りの軍事支援を約束している。一方、オバマ米政権はイラクに地上軍を動員せず、ペルシャ湾に空母を派遣するなど対策を講じている。

それにしてもだ。イラク軍はどうしたのか。西側メディアによると、イラク軍隊内に裏切り者がいたという。また軍内のサボタージュも排除できないかもしれない。ベアティ氏は「ISILはサウジアラビアやクウェートから援助を受けているはずだ」と見ている。イラク情勢はシーア派対スンニ派のイスラム教宗派紛争の様相をいよいよ深めてきているわけだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年6月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。