河野談話って何?

2014年06月21日 14:11

1993年のいわゆる河野談話について、政府が検証の結果を発表しました。韓国政府の要望を受け入れて談話の文言を調整したことは、前から石原信雄元官房副長官の国会証言でわかっていた事実ですが、韓国政府は激しく反発しています。なぜこんなよい子のみなさんの生まれる前の古い話が、いまだにもめるんでしょうか?


誤解している人が多いようですが、これは河野洋平さんの談話ではありません。正式には「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話」で、当時の政府の公式見解(閣議決定はしていない)を官房長官が発表しただけです。官房長官がその前の加藤紘一さんだったら「加藤談話」になったでしょう。

責任は河野さんではなく、当時の首相だった宮沢喜一さんにあります。彼は1992年の1月に朝日新聞の大誤報で韓国の大統領にあやまったのですが、その後も韓国側が「公式に謝罪しろ」と要求をくり返したので、宮沢内閣が総辞職したあとの8月4日にドタバタとこの談話を発表したのです。

その経緯は、今度の調査でくわしく明らかにされています。韓国側は「本問題を解決させるためには,韓国国民から評価を受け得るものでなければならず,かかる観点から,具体的発表文を一部修正されることを希望する」と要請し、具体的な文言を日韓の外務省で調整しました。これについても、今度の検証結果にくわしく書かれています。

朝鮮半島における慰安婦の募集に際しての「強制性」にかかる表現について,最後まで調整が実施された。8月2日夜までやりとりが続けられ,「当時の朝鮮半島は我が国の統治下」にあったことを踏まえ,慰安婦の「募集」「移送,管理等」の段階を通じてみた場合,いかなる経緯であったにせよ,全体として個人の意思に反して行われたことが多かったとの趣旨で「甘言,強圧による等,総じて本人たちの意思に反して」という文言で最終的に調整された。

このように韓国政府の修正要求に日本側が対応し、最終的には宮沢首相と金泳三大統領の決裁を受けて文言が決まりました。日本側はこれで韓国が問題を蒸し返さないと期待したようですが、彼らがそういう約束をしたわけではありません。韓国政府は事前に打診を受けたことは認めていますが、「日本側のたび重なる要請で非公式に意見を提示しただけだ」といっています。

これはよい子のみなさんにはわからない大人の事情ですが、どっちもゆずれないとき「政府としてはこれ以上は問題にしない」という条件で妥協すること自体は悪くありません。韓国と事前に相談するのも、彼らを納得させるためだから当たり前です。しかし「本人たちの意思に反して」とか「官憲等が直接これに加担した」といった、強制連行を認めたとも受け取れる曖昧な表現にしたことが失敗でした。

韓国政府はこれで政治決着するつもりだったんでしょうが、韓国のマスコミが「日本が強制連行を認めた」と騒ぎ始め、問題が大きくなってしまったのです。日本政府も甘かったが、いったん「金泳三大統領は日本側の現(最終)案を評価しており,韓国政府としては同案文で結構である」と回答した韓国が「あれは非公式の意見だった」といって話を蒸し返すのはおかしい。韓国では、大統領の決裁は非公式なんでしょうか。

まぁこんなことを今さら反論しても、韓国には通じないでしょう。前にいったことを「いってない」と嘘をつく国と外交交渉はできません。よい子の友達でも、嘘つきは相手にしないのが一番です。もう韓国を相手にするのはやめ、この話は打ちきったほうがいいと思います。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 青山学院大学非常勤講師 学術博士(慶應義塾大学)

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