「神の名」による殺し合いの“異常さ” --- 長谷川 良

2014年06月24日 08:38

イラクでシーア派主導のマリキ政権に対して少数派スンニ派の巻き返しが始まった。国際テロ組織アルカイダ系スンニ派過激派武装組織「イラク・レバント・イスラム国(ISIL)」が占領していった街々には多数のイラク軍兵士やシーア派民兵の死体が放置されているという。欧米メディアに報じられるイラクのシーア派とスンニ派の抗争は目を蓋いたくなるほどの悲惨なシーンが多い。それも両派とも「神の名」で相手を殺しあっているのだ。


ローマ・カトリック教会の前法王ベネディクト16世が2006年9月、訪問先のドイツのレーゲンスブルク大学での講演で、イスラム教に対し「モハメットがもたらしたものは邪悪と残酷だけだ」と批判したビザンチン帝国皇帝の言葉を引用したため、世界のイスラム教徒から激しいブーイングを受けたことを想起する。しかし、その引用内容がひょっとしたら大きな間違いではなかった、といった思いすら湧いてくる。

ただし、キリスト教側がイスラム教の宗派抗争を「程度の低い」とばかり言っておられない。というより、「神の名」で殺しあった歴史は実はキリスト教側の方が先輩格なのだ。中世時代、ローマ・カトリック教会とプロテスタント派教会は「30年戦争」(1618年~48年)を体験している。「30年戦争」は「最後の宗教戦争」と呼ばれている。ということは、その前から、数多くの宗教戦争があったわけだ。その意味で、欧州もイスラム教の宗派紛争を冷笑できないわけだ。

「30年戦争」はボヘミアのプロテスタントの反乱から始まった。勃発当初はカトリック教会とプロテスタント教会の戦いといった宗教的様相が強かったが、時間の経過とともにハプスブルク家、ブルボン家、ヴァーサ家の政治的権力抗争の様相を深めていった。

オーストリアのローマ・カトリック教会最高指導者、シェーンボルン枢機卿は自身のコラムの中で「新旧教会は多くの犠牲を払い、共倒れ寸前まで戦いを続けた、多くの犠牲を払った後、相手を理解することを学び、相手宗派に対して寛容になれるようになった」と指摘している。キリスト教会指導者の正直な告白だろう。

イラク紛争の前、シリア内戦でシーア系とスン二派の戦いが展開され、自爆テロ、大量虐殺など野蛮な戦いが連日、繰り広げられていった。彼らは等しく「聖戦」、「神の名」を掲げ白昼堂々と殺しあってきた。最大宗派スンニ派と少数派シーア派間の単なる宗派争いだけでは終わらず、ここにきて政治的紛争の様相を深めてきている。スンニ派の背後にはサウジアラビアが、シーア派にはイランがその政治的勢力の拡大のために腐心している、といった構図だ。

イランのロウハニ大統領は6月22日、「石油で得た金でテロリストを支援すべきではない」と警告を発し、イラクで攻撃を繰り返すISILを支援しないよう呼び掛けている。ロウハニ大統領は具体的な国名を挙げなかったが、スンニ派の盟主サウジアラビアを念頭に置いた発言であることは間違いない。イラクとシリア国内の両派抗争はサウジとイランの代理戦争ともいえるわけだ。

ちなみに、イスラム教の宗派間の戦いの狭間で少数宗教キリスト教信者たちが迫害され、故郷を追われている。例えば、ISILがイラク第2の都市モスル市を占領した際、約3000人のキリスト信者たちが避難を余儀なくされている、といった具合だ。イスラム教内の紛争は他宗教にも影響が出ているわけだ。

悲しい点は、これら一切の紛争が「神の名」で行われていることだ。信仰の祖アブラハムから派生した宗教、宗派同士(兄弟同士)が殺しあっているのだ。宗教者はこの異常さに気が付き、激しく自省すべきだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年6月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。


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