生涯学習活動を改革して新たな地域づくりの中心へ --- 西村 健

2014年07月01日 19:25

生涯学習とは何か。その定義は「学校教育,社会教育,文化活動,スポーツ活動,レクリエーション活動,ボランティア活動,企業内教育,趣味など様々な場や機会において行う学習」とされる。この定義に従えば人間の行動は何でも入ってしまうと感じてしまうくらい幅広い。具体的には、音楽、アニメ・漫画、絵画、彫刻、工芸、デザイン、建築、映像・映画、文学・詩、和歌・俳句、演劇、講談、落語、漫才、コント、お笑い、雅楽、歌舞伎、能楽、茶道、華道、写真、手芸、料理、コンピューター、まちづくり、科学、生物、歴史など様々である。地方自治体は、住民向けに様々な生涯学習講座を開催している。企画、運営にいたるまでの担当者のその労力・頑張りには頭が下がる。しかし、抜本的な改革を進めるべき時が来ている。


生涯学習講座は多くの問題を抱えている。

第一に、住民の主体的な活動というより、自治体主導のサービス提供になっていること。安い、魅力的なサービスになっており、ある意味、民業圧迫という面もある。自治体のほうも生涯学習講座の卒業生がボランティアとして講師に成長するといったことを期待しいてはいるが、そうしたサイクルを確保するのは非常に難しい。

第二に、一部住民に享受できる機会や恩恵が限定されている。つまり、高齢者などの特定年代にとって関心のある内容になっており、参加者もその年代に集中している。参加者を増やしたいという担当者の思いからすると仕方ない選択ともいえる。

第三に、生涯学習の担い手がまちづくりの人材となっていない、育成できていない。生涯学習活動の卒業生、たとえば絵や絵画を学んだ住民がまちづくりの景観基本計画の審議会に参加したり、三味線を学んだ住民が文化財関係の活動に参加することは少ない。

第四に、施策・事業の成果も見えない。自治体が発表している施策・事業の事業成果は「事業に参加して新たな発見・成長があったと答えた参加者率」ではなく、「事業の参加者数」「講座の開催回数」であることが多い。

現在、趣味・レクレーションに近いのではないか? そもそも自治体が主催する時代なのか? などの数々の疑問を突き付けられており、行政改革の中ではやり玉にあげられることが多い。確かに、一部住民に受益者が限定されていること、「既得権化」しているように見えることは事実である。しかし、そうした受益者を批判することは意味がない。そういった構造が形成されてしまったのも、認めてきたのもまた住民たちだからだ。行革の取り組みをみていても、結局は予算削減などの対処療法的な改革になっており、抜本的に目的やまちづくりの位置づけを設定する動きは少ない。

私は、こうした生涯学習はその理念・根本的な発想から根本的に変えるべきではないかと考える。生涯学習活動は地域住民同士の交流を深め、自己表現により心豊かに過ごせ、個人の感性や感受性を育み、知識や関心を高める目的と設定する。その結果、幸福度を上げ、まちづくりの基盤を担うとする。こうした理念を設定するのが今後の生涯学習の姿だと考え、この理念を達成するために手段を企画し、市役所ができる範囲で役割を設定し、自治体の政策との関連性の中に位置づけることが重要だ。

特に、まちづくりや自治体が行っている政策についての基礎的な学習、コミュニケーションの場と位置づけ、まちづくり人材の育成を担う講座を設計するのが望ましい。住民・企業など多様な人材を巻き込むことで、多くの出会いの場、かつ多くの新しい学びの場と位置付けるのだ。そうすれば住民のまちづくりへの参画の意欲や居住する地域への愛着がより高まるのではないか。

西村 健
日本公共利益研究所 代表

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