大学教育では遅すぎる

2014年07月01日 19:30

今まで科挙が中国の停滞の原因になったと書いたが、これはちょっと不公平かもしれない。科挙の1000年以上の歴史の中で、中国が停滞したのは18世紀以降で、それまで中国が世界の最先進国だった一つの原因も科挙や儒学にあるからだ。


科挙は日本の公務員試験とは違い、年齢・学歴不問である。最初の試験は童試と呼ばれ、10歳以下を想定していたが、大人でもこの試験に合格できない人は永遠に「童子」だった。現代でいうと中学校の入学試験が公務員試験の一次試験になっているようなものだ。

この童試に受かることが支配階級に入る絶対条件なので、今でいえば「お受験」のための予備校が大繁盛したが、その授業は四書五経を暗記するものだった。子供には何のことかわからなかっただろうが、とにかく文字を読む訓練を猛烈にしたのだ。

このように年齢も学歴も問わないで、子供のとき徹底的に文字を教え込む中国の教育システムは合理的だ。図のように脳内のニューロンは、1歳までに急速に減る一方、シナプスの結合は増えるからだ。幼児心理学でもよく知られているように、脳のハードウェアは1歳までにできてしまい、あとは学習によってソフトウェアが蓄積されるのだ。

キャプチャ

そのソフトウェア形成も3歳ぐらいで終わり、総合的な学習能力のピークは8歳だといわれる。その後はいくら学校で詰め込み教育をしても、性能の悪いコンピュータに大きなソフトウェアを積むようなもので、脳が処理できない。これがOECDが「5歳入学」を推奨する理由だ。

このように人間の情報処理能力は幼児のうちにほとんど決まるので、高校以上の学校教育には大した意味がない。学校は、フーコーもいうように軍事教練のためにできたもので、教育機関としては非効率だ。子供のとき知的好奇心を身につけた子供は学校へ行かなくても自分で勉強するし、そういうハードウェアの形成できなかった子供は、いくら詰め込み勉強をやっても身につかない。

特に大学教育は無意味なので、国立大学の補助金や私学助成はやめるべきだ。それより義務教育を早めて保育所を廃止し、幼稚園に一元化して保育バウチャーで無料化したほうがいい。その教育内容は、科挙の受験勉強のように、ひたすら文字を記憶させるだけでいい。前頭葉の言語野の発達は、論理的・抽象的な思考能力との相関が強いからだ。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 青山学院大学非常勤講師 学術博士(慶應義塾大学)

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