無垢な子供という神話 - 『哲学する赤ちゃん』

池田 信夫

哲学する赤ちゃん哲学する赤ちゃん
著者:アリソン ゴプニック
亜紀書房(2010-10)
販売元:Amazon.co.jp
★★★★☆


民主党政権の課題の一つに「待機児童」の問題がある。大阪地検と闘って勝利した村木厚子氏が「待機児童ゼロ特命チーム」の事務局長に任命されたが、その目標の実現は容易ではない。これは保育所という社会主義システムの構造的な問題だからである。

さらに本質的な問題は、幼児を単に「預かる」対象とみる保育所の体制だ。従来の通念では、教育というのは学問的に確立された知識を教えることで、幼児のようにそれを理解する能力のない段階では無意味だと考えられてきた。そこには大人が完成された人間で幼児は未発達で無垢な存在だというピアジェ以来の伝統的な幼児教育のイメージがあるが、本書は最近の脳科学の成果にもとづいて、こうした常識を否定する。

赤ちゃんの知的な活動は大人より活発で、想像力や学習能力は大人よりはるかに高い。赤ちゃんの神経回路は大人より多く、成長するにつれて「刈り込まれ」、概念や分類で整理されるのだ。赤ちゃんは大人より多くの情報を収集し、自由に発想するが、それを抽象的なカテゴリーに入れないで一つ一つ具体的に考える。思考力も記憶力もあるが、それを「私の記憶」として系統的に分類しない。

こうした自由な思考は言語を習得するにつれて概念化され、いろいろな行動を「自分のやったこと」と認識し、それに対する責任を感じるようになる。つまり従来の幼児教育が想定しているように、大人は幼児という白紙に知識を書き込んでいくのではなく、無秩序で豊かな子供の想像力を社会の秩序という「型」にはめていくのだ。

そして幼児期に「ハードウェア」として形成された脳の回路は、一生変わらない。学校で教わる知識は、それを動かすソフトウェアなので、幼児期の回路形成が人的資本に決定的な影響を及ぼす。イノベーションを高めるには、幼児期の自由な発想を生かしながら教育する工夫が必要だろう。グーグルの創業者やスティーブ・ジョブズなどのイノベーターがどこか子供っぽいのも、このせいかもしれない。

だからOECDも提言するように、教育投資の効率は幼児期が最大なので、就学年齢を引き下げ、幼児教育への投資を増やす必要がある。補助金漬けの保育所は廃止して幼稚園に統合し、ゼロ歳児から社会全体で子供を教育するとともに働く女性を支援するシステムを確立することが、少子化社会にとって不可欠である。

コメント

  1. agora_inoue より:

    政府による教育投資というと、条件反射的に高等教育となってしまうのは、選挙権を持つ大人たちの家計を圧迫しているものが、まさにそれだからでしょう。必ずしも、投資効率が高いわけではない。

  2. worldcomw より:

    日本での問題認識と優先順位、補助金と既得権等を考えると、30年経っても改善されないでしょうね。
    現実的な打開策としては、ゼロ才児と母親をセットで英語圏に輸出し、3年後・5年後に輸入することです。宗教団体やその擬似組織なら簡単に出来るでしょうし、地方公共団体レベルでも可能かもしれません。
    行ったきり帰ってこないかもしれませんが・・・

  3. sudoku_smith より:

    保育所の補助金は典型例だと思うのですが、今の民主党の建前仕分けのように単に表の補助金の額面を議論するのではなく、規制緩和する事で得られる補助金以外の経済効果を定量化する事はできないでしょうか。
    幼稚園が主導する事によって、競争原理を働かせ、待機児童の削減、大幅な生産性の向上と親世代が働ける環境づくり、その他いろいろあると思うんですが。
    今の政治にはそういったストーリー作りが全然できてないような気がします。

  4. jasumin777 より:

    池田ほいくえんを開設し
    教授自ら、保育士さんになったらどうでしょう
    利発なお子様たちがおおく育ちますよ