漢方治療の現状と課題 --- 岡光 序治

アゴラ

◆現状

漢方への関心が高まってきています。2000年10月の日経メディカルの調査では、72%の医師が漢方薬を使用している、とのことです。(近時、90%という数字も言われています)

医学教育の場では、2001年「医学教育モデル・コア・カリキュラム-教育内容ガイドライン」の一般目標「診療に必要な薬物治療の基本原理を学ぶ」の到達目標に「和漢薬を概説できる」が追加掲載され、医学教育カリキュラムの中に徐々に漢方医学教育の講義が盛り込まれるようになり、2007年度には全国80医科系大学すべてのカリキュラムに漢方の講義が組み込まれ、2008年度には漢方医学を8コマ以上必須とする大学が68大学となっています。


公的医療保険においては、1967年(昭和42年)武見太郎日本医師会長の尽力で漢方薬が薬価収載され、1975年以降148処方、200種類の漢方生薬が保険適用となっています。(しかし、保険薬に占める漢方薬の割合は2%前後とか、本当の意味での普及はそれほど進んでいないとも言えそうです。)

◆漢方医学の歴史(概説)

飛鳥・白鳳時代以来、明治の初年に医師の資格試験が西洋医学のみに限られるまでのおよそ1500年の間、日本の医療を支えてきたのは、大陸から伝来した中国医学を基にしたものでした。

16世紀以降、日本の事情や国民性にあうように日本化してきました。(だから、現在の俗に漢方といわれるものの内容を学問的に正しく表現するなら「日本の伝統医学」─Japan’s Traditional Medicine─というのが正しいだろうと言う人もいます)

江戸時代、学問としても体系化され、著わされた書物名や実証的な取り組みに苦心した人々の著名な名前をご存知の方も多いと思います。

江戸中期にオランダ医学が伝えられ普及しましたが、主流の中国系の医家たちはこの西洋医学に「蘭方」という名称を与えこれが一般化しました。

明治になり、政府は将来の日本の医学の指針を定め西洋医学特にドイツ医学に範をとることとし、いままでの医学の主流であった中国系医学を「漢方」と呼んだのです。(「漢方」という名称は我が国独自のものであって、明治以降に用いられた言葉といわれています)

明治政府は、1876年(明治9年)1月、医術開業試験の実施を布告しましたが、試験科目は7科目、すべて西洋医学によることとしました。漢方側はいろいろ政治的にも動きましたが、結局、開業試験科目への漢方医学の編入は明治28年の議会で否決され、我が国医学の世界から漢方の姿がなくなっていったのです。

ですから、冒頭紹介したすべての医科系大学で漢方医学教育が講義に組み込まれたというのは、明治以降100年余の歴史の中で初めてのこととなります。

◆漢方治療の方法(今日の医学常識などと対比して)

漢方の疾病観は病気を固定したものと考えず常に変化し動いているものと見て、診察した時点における最も適した処方を見い出し治療する、というのが特色とか。その時点におけるその患者の体質と疾病の性質(「証」という)を把握して治療を行う。治療すべきは病気ではなく患者のからだである、との発想に立ち、体は一つと考え、そのときの証に対応する一つの処方を選び匙加減するのです(処方の特定=治療)。例えば、風邪であっても、「熱があるかどうか、寒がっているかどうか」「汗をかくか、かかないか」「便はどうか」「食欲はどうか」「普段の体力はどうか」など患者の状態を考慮して処方します。漢方処方とは、原則、複数の生薬を一度に使う複合処方。(どの生薬がどのように作用しているのか作用機序が明確でなくEBMでない、といわれることがままあります)

現代医学は、疾病の所在を細胞変化に求め、生理的な機能がどう阻害されているかを明らかにする。各種の化学的検査を行い、理学的な診断によって病名を特定する。病名決定は組織の病理的変化と結びつき、これを正常に回復させるために、化学的薬物、または手術、理学療法等によって治療する、とされています。

複数の病名が特定されれば、その一つ一つに対応する薬を使うのが、原則。

ところが、病名が決定しても治療方針がたたない疾病は少なくない。また、薬物治療の基礎的裏付けを動物実験に頼っているので本質的に人間と異なるところが存在する。その上、細かく分科した医学は、局所的、部分的な疾病現象だけにこだわる結果を招き、これらが総体的に現代医学に不信感を抱かせることになっています。

現在、漢方が歓迎される所以はこの辺にありそうです。

◆漢方のこれから

日本の医学は科学的根拠に基づいた西洋医学中心の教育になっています。全く別の医学体系を持ち、科学的根拠があいまいとされる漢方をそのまま受け入れるのには、大きな壁があるはずです。

そこで、あるグループは、現代医学の視点で漢方薬の効果としくみを解明し、西洋薬と同等に処方できる環境を整えるべきと主張し、「サイエンス漢方処方」という新たなアプローチの仕方を提唱しておいでです。まず治したい症状があって、適した薬を処方していく。そのときに、ある領域においては漢方がすごく使える、という主張です。ちなみに、・免疫力を高めると同時に、過剰な炎症を抑える。・微小循環障害を改善する。・水分代謝をコントロール。この3つの分野では、漢方は速効性を示すと。

今日的課題は、少なくとも二つ。

1.薬価基準に収載されている漢方薬は、新薬で行われる臨床評価試験を経ず、文献上の資料のみを元に収載したことに鑑み、再評価を順次、行うべき。ちなみに、FDAは、合剤は認めなかったにもかかわらず、大建中湯(だいけんちゅうとう)を臨床治験薬と認可し2011年より大規模な臨床治験をスタートさせています。

2.漢方診療の標準化・可視化を行うべき。漢方医学をして、現代医学のたんなる薬物の補給庫とすべきではない。漢方医学が背景にもっている哲学および診断・治療の方法を現代医学の視点に立って研究し、勘、アートなどという領域を乗り越え、標準化・可視化を追求すべき。

岡光 序治
会社経営、元厚生省勤務


編集部より:この記事は「先見創意の会」2013年9月8日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。