マララ氏はテロ支援者―教育先行はテロを生みだす

站谷 幸一

本稿に関連して、松本孝行さんが「途上国では教育が先か、雇用が先か」という丁寧かつ白眉な論考を書かれていますのでぜひご覧くださいませ(1019追記)

マララ氏がノーベル平和賞を受賞した。
彼女は、教育こそが(テロなどへの)ただ一つの解決策であり、教育を第一にすべきだと言う。だが本当にそうだろうか。むしろ、教育先行はテロを助長するのではないか。そして彼女はテロ支援者というべきではないか。以下ではそれらを論じるものである。


彼女の議論に違和感を覚えるのは、教育だけ先行させてもテロリストしか生み出さないからである。

これは第一に、テロの首謀者としての問題意識を抱くには、相当の教養が必要だということを認識する必要がある。つまり、貧困者が貧困を自覚し、構造的暴力を受ける者がそれを自覚するのは、相当教養がないとできないのである。

考えてみて欲しい。
どうして、10までしか数えられない人間が貧困や格差を自覚できるのだろうか?
どうして、負債、投資、資本の概念がわからない人間が貧困を自覚できるのだろうか?

そもそも、我々の大部分は、ジョブズ一家やゲイツ一家よりも相対的に貧困だが、自らが絶対的な貧困者だとは思わないだろう。それは周囲の大多数が似たような経済状況であり、人間関係から入る情報がそれほどないからだ。

だいたい、資本主義の概念、世界地図が頭に入っていないと、米国を標的にすることすら出来ないではないか。米国やら打倒すべきイデオロギーの存在自体がわからないし、問題意識を抱きようがないからだ。

しかし、こうした問題を解決し、問題意識を生みだすのは教育である。教育が貧困を自覚させ、格差に対する認識とルサンチマンを育て、テロリストになる契機となるのである。しかも、得てして学校建設や教育に熱心なNGO関係者は、親米ではなく、むしろ逆の人間が多く、自由主義経済に好意的な人間は少ないと来ている。

かくして教育はテロの動機を生みだすのである。

第二の教育がテロを生みだす理由は、能力である。テロ攻撃をするにも、社会的知識がないと出来ないからである。要するに、インフラや治安体制を熟知していなければ効果的なテロは出来ないからである。とくに爆弾テロは誘導型であれ自爆型であれ、タイミングが全てであり、検問などを突破しなければならず、高い知識を必要とする。

しかし、教育がこうした課題を解決してテロリスト予備軍にするのである。

第三の教育がテロを生みだす理由は、教育はプライドを育てるということである。大学や大学院を出て、パン工場のライン労働者になりたい人間は稀有だということだ。

例えば、911同時多発テロで実行部隊を率い、世界貿易ビルに特攻したモハメド・アタは、その典型例である。彼は、弁護士を父親とする裕福な家庭で育ち、1990年カイロ大学工学部建築学科を優秀な成績で卒業した。

が、短期の仕事しか出来ず、就職できなかった。人格に問題があったわけではない。当時の関係者は一様に、「穏やかで礼儀正しく、意欲的だが謙虚な優等生」と評する。

要するに、モハメド・アタには権威主義体制下のエジプトで就職に必要なコネがなかったのである。言い換えれば、彼の自己評価に見合う仕事がエジプトにはなかったのである。

アタは結局留学することにする。1992年にはドイツのハンブルク工科大学へ都市計画を学びに留学するがなんと8年も在籍することになる。そして、彼はその優秀な頭脳で、西側への憎しみを募らせ、ついにはアルカイダに入り、911テロを実行することになる。彼は自らのメモに「米国は自由の国だ。自分はこの自由が憎い」と書いたとされるが、これは無教養な人間には無理だろう。

まさにモハメド・アタは高等教育が生んだテロリストの代表格なのである。これだけではない。911に参画したザカリア・ムサウイは高卒で満足できず、ロンドンにまで大学進学を夢見て行った。モハメド・ムハニは、スラム出身者としては異例といえる地元一の大学合格を果たしたが、カサブランカで自爆した。

国末憲人氏は『自爆テロリストの正体(新潮社)』で、こう指摘する

モハメド・ムハニをカサブランカで自爆させたのは、スラムの貧困や彼の周囲にあった不平等ではなく、それを不平等だと受け止め、現実からの逃避に追い込んだ彼自身の感性ではなかったか。

まさに彼らが受けた教育が作り上げた感性が引き起こしたと言えよう。

こうした例に対し、特殊事例を挙げていると言われるかもしれないので、統計データを上げよう。

プリンストン大学教授のクルーガーとカレル大学のマコレヴァが2002年に行った研究(注)によれば、パレスチナの自爆テロと同年代のパレスチナ人の貧困と学歴を調査したところ、以下のようになったという。

自爆テロリストの貧困率は13%、高卒以上の学歴は57%である。
他方、パレスチナ全体では、貧困率は33%、高卒以上の学歴は15%である。

つまり、自爆テロリストは貧困でもないし、低学歴でもないのだ。
要するに、全体平均よりも豊かな教養と資金の持ち主が自爆テロを行っているのである。

このように、マララ氏の主張とは裏腹に「教育はテロを解決せず、むしろテロを生みだす」のである。

結論
勿論、私は教育の意義を否定するものではない。が、マララ氏が指摘するような教育が第一とか先であるべきな議論は間違っている。彼女の勇気とレトリックは賞賛すべきだが、その主張の中身は陳腐な教育万能論でしかない。

問題は、現地の経済や社会が必要とする以上の教育を行うことにあるのだ。まさしく、モハメド・アタは、エジプト社会が必要とする以上の教育を受けたことで、就職もできず、認知欲求に悩み、最終的には西側に復讐するテロリストになったのである。

であるのならば、マララ氏の言うような教育なぞは不必要である。
必要なのは雇用である。

具体的には、茶碗工場でも玩具工場でも何でも良いので、確実な消費が見込まれるが教育はほとんど不要な雇用を沢山用意してあげることである。もしくは現地人の起業家をたくさん育てることである。何故ならば、経済成長すればそれに見合った教育システムは勝手に市場の要請によって作られるし、そうすればテロリストにはならないからである。

マララ氏は、立派な人間である。尊うべき人間なのは間違いない。だが、彼女の「本とペンはテロ打ち負かす」という主張は大きな間違いであって、正しくは「本とペンはテロを生みだす」なのである。

だから私は敢えて言いたい。マララ氏はテロ支援者であり、教育先行はテロを生みだすのである。

付記
東南アジアに学校を作ろうとか、NGO団体、特に大学生の団体はやりたがりますが、本当は日本や在外日本人向けの味噌なり梅干工場、グローバルな茶碗工場を作るべきなんですよ。
私には、ああいうNGOは善意に基づいていても、結果的に社会に不安定性をもたらしているとしか思えません。
需要のないところに教育しても、余計な知識とプライドを作り上げ悲劇を生むだけなのですが…

站谷幸一(2014年10月17日)

twitter再開してみました(@sekigahara1958)


Alan B. Krueger and Jitka Malekova, “Education, Poverty, Political Violence and Terrorism: Is There a Causal Connection?” Princeton University Working paper, July 2002.