語り得ない不安と投資の保守主義

2014年10月21日 11:30

投資とは、保守的な仮定に基づいて、合理的な推計の手法を用いて、対象の価値を算定することである。投資は価値の判断であって、決して価格の予想ではない。価格の予想は投機だ。価格の予想は、もともと、投資の世界では、予想するな、というのが重要な規律であった。


合理的な価値判断の枠に厳格にとどまるということは、哲学的に表現すれば、語り得ないことは語らないということである。価値の変動は語り得ても、価格の変動は語り得ない。価格の変動は、取引の条件であり、受け入れざるを得ないものである。投資判断における管理の対象ではあり得ない。価値の保持、価値の毀損の回避、これは、投資判断であり、投資の管理の対象である。

問題は、価格の変動は語り得ないのに、価格変動の不安は大きいということである。語り得ない不安は、どうしたらよいのか。

語り得ないということは、例えば、複数の人間で議論を尽くしたとしても、合理的な合意形成ができないということである。議論百出して結論なし。しかし、議論をするのは、不安があるからである。例えば、ユーロ崩壊は、必ずしも、あり得ないことではない、その不安はある。しかし、投資の枠のなかで、その不安に合理的に対処することはできない。

選択肢はある。投資を止めることだ。例えば、ユーロという通貨を全てヘッジするとか、ユーロ建ての資産を保有しないとか。このような判断は、実は、投資のなかの技術的な判断ではない。投資を外から律する規律である。合理的判断を超える規律である。

不安が増大しているとき、投資を止めることは、損失の確定になる場合もある。しかし、それは、投資判断から生じた投資損失ではなくて、投資を継続するための費用である。投資の規律を維持するための費用なのである。

もう一つ上の方法がある。ただし、到達の難しい高度な境地である。それは、価格変動に不安を抱かないことである。もしも、自分の投資対象の価値判断について自信があるのならば、価格の下落は、多くの場合、投資機会である。そこに不安はない。これは、真の投資家のみが到達できる境地である。おそらくは、ウォーレン・バフェット氏は、そのような投資家の一人なのである。

しかし、ウォーレン・バフェット氏は天才ではない。天才なのではなくて、厳格に合理的な価値判断の枠を守る保守主義者なのである。故に、誰でも、職人的な価値分析の技術を極める精進をし、厳格に保守的な規律を守ることができれば、高度な境地に到達できるはずなのである。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
HC公式ウェブサイト:fromHC
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