無線の使い方 自営通信と事業者通信

真野 浩

 先週、ハフィントンポストに警察・消防無線はLTEの上に構築すべきという記事をアゴラでも記事を書かれている山田肇先生が書いたら、いろいろと反響があった。
当の記事には、

消防には消防無線、警察には警察無線というように個別に周波数を与え、個別に専用網を整備させるというのが、今までの電波行政であった。だからこそ、専用網間の相互通信には、また別の専用波が必要になるわけだ。

という現在の電波行政の在り方の課題が示されている。
 そして、この課題に対する提案として

移動通信事業者の努力で全国ほぼ全域で携帯電話が通じるようになった今、自衛隊はともかく、警察や消防は携帯電話で交信してはいけないのだろうか。動画もデータも送受信できるので、いっそう便利ではなかろうか。

とある。
 この前段にある従来の電波行政の問題は多いに賛同するもので、僕も十数年前から指摘し、地上波ディジタル放送への移行時に、新たな電波割当としては、用途とスペクトラム割当をバインディングしない共通プラットホームの導入を提案したくらいだ。
 これに対して、その解決策として携帯電話で交信というのは、緊急通信等の本質的な要件の観点からも賛同しかねる。これについては、当該ハフィントンポストにも、いくつかのコメントが寄せられている。
 僕は、山田先生の記事の根底にある電波行政に対するご指摘は、全くもって賛成だし、このような提案がでてくる背景も理解できる。しかしながら、SNSなどでの反応には、必ずしも技術的背景の理解からなのか疑義を指摘する意見もあるようだ。
 電波の利用を推進している立場としては、ちょうど良い機会なので、いささか僭越ではあるけど、この辺りについて投稿することにした。なお、本来ならハフィントンポストに書くのが良いのだろうけど、僕はアカウントンを作っていないのでこちらに書いた。

  • 自営通信と事業者通信

 まず、無線通信の形態は、大きくわけて自営通信と事業者通信という2つがあることを理解してもらいたい。
 自営通信とは、その名前のとおり自らが営む通信であり、通信をするものがその設備やシステムを運営する形態だ。これには、例えば今回の記事にある警察無線、消防無線や工事現場や学校等で使われるトランシーバーなどがある。
 事業者通信とは、通信事業者などが設備を整備し、利用者に通信という役務を提供するもので、携帯電話はこれにあたる。
また、この中間にあたるのが、タクシー無線やMCA 無線というのもあるが、これはちょっと特殊で話しがややこしくなるので、ここでは割愛する。

  • 事業者通信の問題

 つまり、提案にある

警察や消防は携帯電話で交信してはいけないのだろうか

というのは、警察や消防の通信を自営通信から事業者通信に移行してはいけないのかということになる。
 事業者通信にするということは、通信の多くの部分を、通信事業者に依存することになり、通信の可用性は、事業者のサービス状態や設備、あるいは事業者と利用者の契約形態などの広い範囲で外部依存性を生じることになる。
 災害救助や事件、事故対応等の緊急を要する事態において、このような外部依存性は、大きなリスクとなることは自明だ。災害が発生した時に、常にサービスが受けられる地域かを確認したり、個々の端末の契約を確認したりはできないし、仮に出来たとしても100% のサービス保証を事業者がすることは出来ない。実際に、いまでも通信障害は、規模の大小を問わなければ、それなりの頻度で発生しており、それが災害や緊急を要する現場に発生しない事を担保することは出来ない。
 もちろん、そういう問題は、日々改善されているし、自営通信だって無線機が壊れたらみたいに思う人はいるだろうが、システムを構成する要素が多いほど、システムの脆弱性が高まるので、トランシーバー2台だけの通信などは、無線機の故障以外の外部阻害要因が無く、とても堅牢性が高いことは判る。また、被災地での通信などは、比較的局所に閉じることも自営通信が適している要因だということは判りやすい。
 このようなことから、やはり緊急通信や災害通信では、シンプルな自営通信が重要かつ安全である。ただし、このような自営通信を確保した上で、さらに事業者通信も使うは、多いに結構だと思う。

  • 解決策としての自営通信の課題

 ここで、話しを現在の電波行政の問題に戻してみると、自営通信において

個別に周波数を与え、個別に専用網を整備させる

ことが必要かというと、そんな事はない。つまり自営通信でも利用可能な,共通プラットホーム的な通信利用を実現すれば良い訳だ。
 ディジタル通信技術の発達により、今や通信の多くはアプリケーションと通信媒体を分離し、さまざまなアプリケシーションを共通の通信媒体の上で共用化できることは、インターネットの前例からも自明だ。インターネットの上では、VPNにより組織に閉じた通信もできるし、画像も、文字も取り扱える。
 しかし、ここで厄介なのは電波という媒体の性質だ。以前にもアゴラの記事に書いたけど、電波というのは互いに干渉する。だから、自営通信のように神様のいない自律分散方式では、皆が自由に同じ電波を使うと、干渉しあって通信が成り立たなくなる。これを防ぐには、基地局と子局という構成にして、基地局を計画的に配置し、電波の利用状態と干渉を制御する方法が有るが、これは外部依存性という意味では、事業者通信の利用に近くなる。
 そこで、従来は自律分散での干渉を避けるために、地域や組織によって、周波数を変えて割り当てていたわけだ。それでも難しいのはこういう自律網の場合には、無線局の位置などが管理・制御できないので、同じ周波数はもちろんの事、隣接する周波数間でも干渉は避けて通れない。しかし、今はディジタルパケット通信なので、同じ周波数でもコードによる多重化など、技術的には従来方式よりもいろいろと高度な干渉制御の可能性がある。

  • 技術政策課題としの取り扱い

 このようなことを考えると、本当に新しい基盤として、自律分散でも干渉を抑制し、用途を限定しない基盤技術を開発し、その上に共通プラットホームを構築するくらいの取り組みを政策的に進める価値があることが判る。
 実際に、業務用無線機のうち、事業者通信でもまかなえる緊急性や自律性を求めない利用は、どんどん携帯電話に移行している。このため、個々の無線機の市場は縮小して、それをつくるベンダーもどんどん減っている。そういう観点からも、もし共通プラットホームを構築して、共通の機器を調達できれば、スケールメリットが出るので、ベンダーも事業継続し機器単価も下がる。
 また、他国では、災害対策などでは同報性を重視し、暗号化等をしない通信を利用しているのだから、その辺りの運営方針も見直してもよいだろう。
 というわけで、今後の電波行政の方向としては、社会基盤として、同一のプラットホームで利用可能な自律分散自営通信の技術開発と基盤構築などに、もう少し注力しても良いのではないだろうか?
手前味噌だけど1997年頃に、僕はダイナミックTDMAなんていう,自律分散でも干渉せずに、一定のディジタルパケット通信を行う手法を考案したこともある。
 電波利用料を用いたR&Dや各種助成金による研究開発も外国の流行りものの後追いや、バズワードを冠につけたものばかりやらないで、ある程度はこういう分野にも向けてよいはずだ。
 例えば、米国では911 コールという、緊急時の優先通信の指針は、無線LANなどの自営通信での利用も提案されている。
 これは、余談だけど最近は、データ通信の需要や狭帯域により利用効率から、自営無線の多くはFMが使われているけど、FMは干渉については弱肉強食で、強い信号が弱い信号をマスクしてしまう。これに対して、AMは、干渉した場合でも両方の信号成分が残って、両方聞こえる。こういう電波の特性を積極的に使っている分野もあり、自営通信の技術開発は、決して枯れた領域ではないはずだ。
 福島の原発事故の時に、日本が進んでいると思われていたロボットでも、実用領域では諸外国に遅れをとっていた点が指摘された事も有ったが、電波利用も同じだ。大きな災害を経験した日本だからこそ、率先して実用的で有用な防災、災害対策技術を研究開発し、それを日本だけでなく多くの国に役立てもらえるような展開をすれば、それこそオリジンのあるグローバル化ではないだろうか?