なぜアベノミクスで景気が悪化したのか

小幡 績

単純である。

景気は良くなれば悪くなる。

株式市場も上がれば下がる。

ここにアベノミクスが集約されている。


株価が上がれば下がるのは、何度も繰り返しここでも書いてきた。株価が上がるのは、誰かが買ったからであり、買った人が売れば、株価は下がる。下がらないのは、新たに買う人が出てきた場合だけだ。

企業収益の改善が続けば、将来の株価への楽観者が徐々に増えるから、株価の上昇が継続するのである。しかし、ファンダメンタルズで上がるから上昇が持続するわけではなく、徐々に増えるところが重要で、みんなが将来見通しを一気に変えてしまえば、そこで買いは出尽くし、上昇は止まる。本当に買いが出尽くすと思えば、そこで売るのが正しく、好材料出尽くしで、決算発表が期待通り素晴らしかった場合に、株価が下がるのはそういうメカニズムから来ている。

今回のようなサプライズ金融緩和は、サプライズであったという点で、急激な買いが殺到するが、今後、買いが継続するかという点から行くと、持続的ではないので、今回一気に買った人々は、短期で売り抜けようとするだろう。だから、今後近いうちに(もしかしたら明日)ピークを打って、その後は乱高下を繰り返しながら下がっていくと見込まれる。

今後、上昇するのは、今回のサプライズ緩和が、現在予想されているよりも企業収益の改善をもたらした場合で、その可能性は私はないと思うが、あると思う人々は、ここからでも、株を買い、長期保有すら目指すということだ。

さて、今日の本題は株価ではなく、景気である。

アベノミクスが、このところ風向きが悪くなり、景気が悪くなってきた、という風に感じられるのも、株価の上下と同じで、景気が上がったから、その後は下がる、ということである。これには4つのメカニズムがある。

1つめは、メカニズムと呼ぶのも大げさだが、景気が良くなり水準が高くなってしまったから、そこからの比較で見れば、景気は悪くなる、というものである。景気とは雰囲気、スピード感であるから、思いっきり走った後、早歩きになれば、減速感がある。歩いているところから早歩きになればその逆である。

アベノミクスにより、短期的に、日本経済の実力を上回るGDP増加率を実現してしまったのであるから、実力よりも高い位置になったのだから、落ち着いてくれば、そこからは下がるはずだ。

2つめは、そのスピード感の問題だが、金融・財政政策を総動員し、経済を短期的に全力で加速させてしまった以上、後は減速するしかない。減速するときは、労働力も資本も原材料も投入を減らすわけであり、経済全体を一気に減らす訳にもいかないから、部分的に急ブレーキをかけたような感じになる。トップスピードの余力で駆け抜けられれば良いのだが、大都市部の若年層の非正規雇用という素晴らしく収奪する(マルクス的に言えば)リソースは限られており、この投入ができなくなって、一部一気に急ブレーキとなった。

3つめは、消費税の引き上げという駆け込み需要を誘発してしまったのであるから、その反動減がある。これは誰もが知っていることで、これを織り込んでも、それ以上に景気が悪くなっているのだ、というが、それは波の影響を過小評価している。

波は怖いのだ。

波に飲み込まれる。そこでは、自分の意思では動けない。したがって、効率が悪いというよりは、目的地へ進めないということがある。

高く持ち上げられた以上、波はしぶきを上げて崩れ、そして引いていく。引き波の力は恐ろしい。波の力を利用した以上、それ以上のネガティブインパクト、崩れることによるショック、引き上げられることによるマイナス、これは波の力を上げ潮の時に100%利用しておかないと、損得でマイナスになる。崩れるインパクトは大きいから、それでもマイナスである。だから、波の力を200%ぐらい上げ潮の時に使わないと、割が合わないのである。

それは、アベノミクスの場合は、株式市場に使われた。株式市場は大成功だろう。その分のマイナスインパクトは実体経済に及んだのである。そして、今回は、株式市場、為替を含む金融市場に、その崩れそうな波を(崩れかけた波を)維持するために使ったのだから、実体経済へのマイナスは大きく、また波の崩壊、引き波の悪影響は実体経済に大きくのしかかる。

4つめは、2つめの急ブレーキ、3つめの波の話の中でも触れたように、スピードの上げ下げ、波の上げ下げ、潮の満ち引き、これは効率が悪いのである。力を100%利用してイーブン、人間、社会はネガティブインパクトをポジティブインパクトよりも大きく感じるから(プロスペクト理論)、ギャンブルや麻薬の中毒者以外にとっては、変動はマイナスであり、だから、ファイナンス理論においては、変動はリスクであるどころか、定義上、リスクとは変動のことなのである。

権力というピークに酔ったり、変動でマーケットが荒れることにより利益が生まれる金融市場のトレーディング関係者、あるいは心理的な揺さぶりで個人投資家などの弱い投資家を追い込んで儲ける強い投資家、あるいはアップサイドしか影響のないファンド運用者などにとっては、カジノ資本主義といっても、なんと言ってもいいが、意外と、この社会的には損失である波を作ることは合理的であり、カジノ資本主義は決して彼らにとってはおかしなものではないのである。

この余談の節はおいておくとしても、実体経済的なファンダメンタルズとしても、波のマイナスは大きい。ブレーキを踏むということは、物理的にも人的にも資本を投下したのに、それを途中で休止する、あるいは引き上げると言うことであるから、投資して勢いがついて、これから投下資源分を回収しようとしたのに、それがままならなくなる。波が上がっているときには、資源を有効活用できない。ボトルネックの話はブレーキの話だが、波では、資源が奪い合いになったとしても、ボトルネックとはならず、単に高騰しただけであっても、それは割高になるから、他の資源を投入し、本来効率の悪い生産法が取られることになる。例えば、投機により原油価格が高騰した2007年には、バイオ燃料が流行し、食料として有益な農作物を、最も効率的な食料として使わずに、エネルギー原料として使ったのである。これは価格のひずみ、波が、資源を無駄に使ったことの象徴である。(さらに言えば、富の不平等から、肉食が一部の人々の間で盛んになり、食料エネルギー効率の悪い使い方、穀物を動物のえさにして、それを食べると言うことが長年行われている。)

つまり、景気を刺激することはロスがものすごく大きい。さらに、過熱したことにより、その結果として減速したにもかかわらず、そこで、さらにエンジンを噴かすことは、エネルギーの無駄であるだけでなく、エンジンにも乗っている乗客にもリスクであり、壊れてしまうリスクがある。

それが現状のアベノミクスだ。

効率悪く資源を使い続ければ、使った当初、短期的には、景気が加速するが、中長期には、エネルギーロスが顕著に出てきて、経済は悪化するのは必然なのである。

したがって、いまさらではあるが、今後は、景気刺激策にエネルギー、資源を投入するのではなく、長期の潜在力を上げるために投入するべきで、百歩譲って現状の枠組みで言えは成長戦略に投下すべきである。

景気刺激よりも長期のサプライサイドの成長力を上げるために、残された限られたエネルギーは使うべきなのである。