投資の原点への回帰

2014年11月18日 11:30

実体経済の活動は、キャッシュフローを生み出す。逆に、実体経済の活動からのみ、キャッシュフローは創出される。その創造の現場にあるものが事業であり、事業を組織化したものが企業である。


企業の発行する株式に投資価値があるとすれば、その価値の裏付けは、原点にある事業キャッシュフローの創出である。株式への投資とは、このキャッシュフローへの参画である。故に、株式の価値とは、企業活動が生み出す将来のキャッシュフローの現在価値である。

株式の投資価値分析とは、この将来キャッシュフローの推計である。そこには、将来について、多くの仮定を置かねばならない。この分析における推計手法と仮定の合理性が、投資を成立させる要件である。なぜなら、合理的な価値分析は単なる予想ではなく、単なる予想に基づく判断は、投機だからである。

さて、価値とは別に価格がある。価格は、市場において客観的に形成される。価値は、各投資家が主観的に計測したものである。自分の算定した価値よりも低い価格で買おうとするもの、自分の算定した価値よりも高い価格で売ろうとするもの、これらの思惑の異なるものの活発な売買が、価格を形成する。

ここに経済学の価格理論が登場する。理論は、価格と価値は一致すると主張する。なぜなら、価格形成過程において、社会の平均的価値判断が織り込まれるからである。この価値は、個々の投資家の価値判断ではなく、社会全体の価値判断である。こうして、価格の社会性が価格の正当性の根拠となる。

ここにおいて、主役は、価値から価格に移る。価格は事実であるが、価値は意見にすぎないとされ、合理的判断は、事実としての価格に基づくべきとされる。そこから、統計的手法を用いた価格変動分析が投資の主流となる。そして、価格変動を基礎にした様々な投資や管理の手法が開発され、普及していく。その裏で、伝統的な価値分析は廃れていく。

しかし、現実には、理論が想定する完全市場は存在しない。価値と価格は一致する方向に動くとしても、常時一致しているわけではない。逆に、価格形成過程のなかでは、価値と価格は常に乖離している。乖離しているから、取引があるのだ。現実には、かなり長い時間、しかも、かなり大きな幅で乖離し得るのだ。

また、理論は、前提として、価値判断に基づく売買行動に、価格の正当性の根拠を置いている。しかし、価格変動に基づく売買行動が主流になるとき、価格に価値判断が織り込まれなくなるとき、価格の正当性の根拠は失われていくのではないか。そのような原点を失った価格の変動が、さらに新たなる売買行動を誘発するとしたら、それでも、市場は効率的であり、正しいといえるのか。市場は狂ってはいないか。そこに、金融危機の原因が潜むのではないのか。

今、投資の原点への回帰が求められている。株式への投資とは、事業キャッシュフローへの参画であり、株式の価値とは、企業活動が生み出す将来のキャッシュフローの現在価値である。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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