スタンフォード大学APARC(アジア太平洋研究センター)と共同で「IT政策研究会」をスタートさせました。日米の政策研究者や関係企業が集い、10年後の政策を考えるものです。
そのキックオフに当たり、ぼくが「IT政策の動向と展望」と題するディスカッション・ペーパーを提出しました。1.これまでのIT政策、2.これからの課題、3.日本のIT政策10の論点、の3項目からなります。3つに分けて掲載します。
1 これまでのIT政策
19世紀後半、各国は電話、ラジオ等電気通信の基本ネットワークを整備し始めた。日本は1870年代から電気通信網のユニバーサルサービスを提供すべく国策として整備を進めた。
その目標は100年後の1980年代に一応の達成をみせ、AT&T分割の1年後、1985年に電々公社の株式会社化と通信自由化が断行され、放送の多チャンネル化も推進された。ファクシミリ、ビデオテックス、衛星、CATVなどのアナログメディアの開発が競争環境下で進められた。政策目標は、基本メディアの整備から、多様化・低廉化・高速高精細化に転換した。
1990年代に入ると、通信・放送ともにデジタル化による刷新が進んだ。デバイスはPCと携帯電話が爆発的に普及し、ネットワークはインターネットとデジタル放送が整備された。インターネットの整備策は日米は競争政策を標榜して世界をリードした。1999年には日本では携帯電話とインターネットの結合サービスが世界に先駆けて登場した。一方、放送のデジタル化は日本はアメリカの後追いであった。
2000年代には、それまで一世紀のインフラ整備政策の到達点が見える一方、デジタル化されたIT環境をどう活かすかの政策に注目が集まった。2001年には内閣官房にIT戦略本部が設置され、ITの利用促進策が講じられた。2003年には知財本部が設置され、コンテンツ政策が講じられている。
2010年代に入り、日本のIT政策は方向性を失いつつある。
ブロードバンドと地上デジタル放送網の全国整備がほぼ達成され、通信・放送を横断するデジタル列島が完成した。2011年には通信・放送の法制度が抜本改正され、放送用の周波数で通信サービスを提供するなど、柔軟なサービス展開が可能となった。
同時に、デバイスでは、PC・携帯電話に加え、スマートフォン、タブレット端末、電子書籍リーダー、デジタルサイネージ、スマートテレビなど多様な機器が身の回りを覆う「マルチスクリーン」環境が到来した。さらに、ウェアラブルデバイスやM2Mなど、質的に新しい機器の普及が予期されている。
合わせて、この20年近く成長産業として期待されてきた「コンテンツ」の国内市場が勢いを失う反面、いわゆる「ソーシャルネットワークサービス」が勃興している。これにより、コミュニケーションや関連産業が活性化する一方、新たな社会問題や混乱も発生する。
これらは、経済社会の各般におけるITの利用度をますます高めることよって便益を向上させるという政策と、それによって引き起こされる混乱を解決する政策とを求めることになる。また、ブロードバンドが各国をカバーし、ITサービスがボーダレス化しているため、政策対応も一国に閉じることは稀になり、世界スケールの対策が必要となる。
このように、ネットワーク、デバイス、サービスというメディアを構成する3層が世界一斉に塗り変わる局面で、IT政策も新しいステージを迎えることが求められる。
◯参考:現在の日本の主要IT政策
1) IT本部の政策アジェンダ:世界最先端IT国家創造宣言(2013.6)目次
1.革新的な新産業・新サービスの創出と全産業の成長を促進する社会の実現
2.健康て安心して快適に生活できる、世界一安全て災害に強い社会
3.公共サーヒスかワンストップで誰でもどこでもいつでも受けられる社会の実現
4.利活用の裾野拡大を推進するための基盤の強化
5.規制改革と環境整備
2) 知財本部の政策アジェンダ:知的財産政策ビジョン(2013.6)目次
第1.産業競争力強化のためのグローバル知財システムの構築
第2.中小・ベンチャー企業の知財マネジメント強化支援
第3.デジタル・ネットワーク社会に対応した環境整備
1.コンテンツ産業を巡る生態系変化への対応
2.コンテンツ政策のプライオリティの向上
3.コンテンツ産業の市場拡大に向けた環境醸成
4.デジタル・ネットワーク環境促進の基盤整備
第4.コンテンツを中心としたソフトパワーの強化
1.コンテンツを中心としたソフトパワーの強化に向けた一体的な取組
2.日本の伝統や文化に根ざした魅力あるコンテンツ・製品なとの発掘・創造
3.日本ブラントのグローバルな発信
4.戦略的な海外展開の推進
5.国内外から人を日本に呼ひ込むインバウントの推進
6.模倣品・海賊版対策の強化
7.コンテンツ人財の育成
編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2014年11月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。