本当に製造業は国内へ戻ってくるのか --- 岡本 裕明

アゴラ

キヤノンが新製品の生産を原則日本に戻し、パナソニックやシャープが一部の生産を日本に戻すことを検討し始めたという記事が1月9日の日経にあります。理由は円安水準とのことでありますがこの記事はよく読まないと勘違いを引き起こしやすそうです。


先ずキヤノンですが、この会社は実はずいぶん前から新製品などの国内生産にこだわっていました。そのこだわりとは人件費に影響されにくいロボット主体の無人工場のアイディアなど発想が根本的に違っています。アメリカで長い駐在を経験された御手洗会長は日本の経営リーダー層の中ではある意味、異色であります。経団連会長をされていた時もいわゆる国際派として純粋国内培養の企業とは一線を画していた記憶があります。

そのキヤノンが今回取り組むのは2年後を目途に新製品を国内販売にシフトし、国内生産比率を4割から5割に引き上げるというものであります。日経には円安で生産体制を見直す、とありますが、キヤノンは以前からそういう方針を持っていただけに為替だけが引き金になっているとは考えにくいと思います。

一方、パナソニックやシャープについてもあくまで国内の工場の稼働率のリバランスであって新設の工場を作り、海外工場を閉めるといった本格的な国内回帰を意味していません。事実両社とも既存施設の利用に留まる、と明言しています。つまり、為替という相場に対する目先の調整であって120円の円安水準で一気に日本に製造業が戻ってくる、と考えてしまっては間違いになります。

先ず、企業が一時の為替水準で長期的に雇用、償却を要求される工場を作る判断材料になる理由がありません。為替は為替に聞け、というぐらいで1年後の為替がどこの水準にあるかほとんどの専門家の予想すら当たりません。それほど予見が難しい相場の水準をベースに企業が大きな投資とコミットをすることはないでしょう。ましてや5年、10年というスパンで見なくてはいけない工場投資はなおさら難しいものがあるのです。

次に日本の失業率はわずか3.5%なのです。失業率の計算の仕方に各国違いがあり単純比較できませんが、この水準は良質な雇用が満たされてしまっている状態であり、労働力主体型の工場を日本に戻しても労働力確保に苦戦することになります。大学で経済を勉強された方は記憶にあるかと思いますが、失業率ゼロとはどれだけ仕事に不向きな人にも賃金を払って労働をしてもらうわけでその生産性は急降下し、労働賃金の無限大の拡大につながる不都合が生じます。「猫の手も借りたい」というのはこのことですが、猫の手では生産できないのです。

日経にすき家のワンオペが終わり、その後どうなったか、という取材記事があります。外国人留学生と夜勤のペアを組んだ日本人は「英語も日本語も出来ず、「『おんたまカレー』の注文に『おろしポン酢牛丼』を出したことも。留学生に代わって客に頭を下げる日々に『2人でも負担はワンオペと大差ない』とため息をつく」とありますがまさに失業率が下がり過ぎるとこのような労働生産性の低下が起きるのです。

次に世界で最高水準の電力費用を始め、日本のインフラコスト、更に工場新設の土地取得や工事代金は間尺に合わないはずです。特に工事費が高く、消費関連や不動産関連の企業さえその発注に戸惑いを見せています。

余剰の生産ラインがある場合は別として日本に新たな生産拠点を設けるにはその理由を見いだせなければないという事です。ではその可能性は何処にあるのでしょうか?

例えばアメリカは製造業の国内回帰を標榜し、確かにその動きは見えます。その理由は複合的です。一つは労賃の下落であります。GMや旧クライスラーは倒産で過去の遺産を清算し、新規の労賃を大幅に引き下げることが可能となりました。また、アメリカは先進国では唯一の健全な出生率を保ち、人口の安定的拡大があるため、世代交代が進み、労働力の確保をしやすい面もあるでしょう。更にシェールによる一部製造業者が受けた恩恵もあるでしょう。

ただ、私は思う意外なポイントは逃げる税に対する反省だと思っています。アメリカ企業は過去何十年かに渡り節税に対するギミッキー(=手品的)な手法を編み出してはマネーに対する固執を強めていました。私があるアメリカの大手ホテル会社のCFOや部長と1年ぐらい仕事の縁があった時も話題は節税ばかりでありました。

ところがこの1、2年、税を本来払うべき企業が税を払わないのは良くない、という世論の盛り上がりを受けて「それならアメリカに回帰する」という機運が生まれたことはあるのでしょう。これは思想的な要因も大きく、日本では理解しにくい部分ではないかと思います。

では日本はあるのでしょうか?

いろいろ考えたのですが、私には思い浮かびません。

労働力が決定的に欠如する日本は無人工場、ロボット工場を作り、生産性を上げ、企業が儲けてることができても労働者への更なる賃金支払いを通じた消費の拡大、ひいてはGDPの増大にならないことは日本のボトルネックであるとも言えそうです。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2015年1月13日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。